福岡県南西部の古都で1次産業と地域交流を学ぶ~福岡県・八女市

八女中央大茶園の夕景
八女中央大茶園の夕景

 福岡県南西部の八女市は、筑後川と矢部川がもたらす豊富な水と肥よくな土壌、温暖な気候風土に恵まれ、米や麦、ミカンやキウイなどの果樹、イチゴ、日本茶、電照菊の栽培などが盛んな土地だ。特産の八女茶は、玉露の品質と生産量が全国トップクラスで、高級茶としてのブランドを確立している。さらに、江戸時代から和紙、仏壇、提灯製造なども行われ、伝統工芸都市としての顔も持つ。また、八女市とその周辺には八女古墳群と言われる数百もの古墳があり、大和朝廷に反乱した記録が残る豪族「磐井の君」の墓とされる岩戸山古墳は北部九州最大の前方後円墳といわれ、古くより人が多く定住した地であることが分かる。

 八女市で、1次産業や地域交流を学ぶ現地研修を取材した。研修は2021年12月6日から12日までのおよそ一週間で、参加者(男性2人、女性3人)は、温州ミカンの収穫の実務体験やしめ縄づくりのイベント運営を通じた地域交流を学んだ。

岩戸山古墳。大和朝廷に反乱した豪族「磐井の君」の墓に比定されている
岩戸山古墳。大和朝廷に反乱した豪族「磐井の君」の墓に比定されている
商人町の面影が残る八女福島地区の街並み
商人町の面影が残る八女福島地区の街並み

1次産業に適した環境と気候風土

 肥よくな土壌と水資源、安定した気候に恵まれた八女市は、福岡県内でも1次産業が盛んな地域だ。特に米、温州ミカン、イチゴ、レタス、茶の栽培面積が大きい(農林水産省HPより)。

 専業農家で温州ミカンの栽培歴が50年になる中島加代さんは、市内最南部の山間の立花地区で、温州ミカン、キウイ、タケノコを栽培している。中島さんは、「温州ミカンの早生(わせ)のブランドの宮川早生はこの地で生まれました。山間で寒暖差が大きいので甘くなりますね。私の畑の樹齢50年のミカンの木も健在です。土地が水はけがよいのでキウイの栽培にも適しています。タケノコも栽培していますが、福岡県はタケノコの生産量が日本一です。茶も特産ですし、このあたりはいろいろな種類の野菜や果樹の生育に向いているようですね。水害でたいへん苦労しましたが、お客さんが私のミカンが欲しいと言ってくれるのが嬉しいです」とミカン栽培の苦労と喜びを語ってくれた。

 中島さんが自宅を改造して始めた農家民宿「大道谷の里」は、福岡県で最初の農家民宿で、今回の研修に参加した女性3人も宿泊している。「八女市に合併前の立花町(当時)の研修でグリーンツーリズムの勉強にヨーロッパまで行きました。水害で自宅が壊れたことも農家民宿を始めるきっかけになりました」(中島さん)

八女市の山間部で収穫を待つ温州ミカン
八女市の山間部で収穫を待つ温州ミカン
中島加代さん
中島加代さん

農業の実務体験 温州ミカンの収穫作業

 農林水産省の20年の統計によると、八女市の温州ミカンの栽培面積は470ヘクタールにも及び、山間や丘陵にはミカン畑の風景が随所に見られる。研修参加者が宿泊する農家民宿の経営者で温州ミカン栽培農家でもある中島加代さんの知人のミカン畑で、参加者は農業の実務体験として温州ミカンの収穫の作業を行った。

 参加者は、温州ミカンの収穫用のハサミを使い、収穫の時期を迎えた温州ミカンを1つづつ丁寧に切断した。収穫用のハサミは、ミカンのへたを切断する際に果実を傷付けないように刃が反っている。収穫の際はまず、木と果実をつないでいるへたを切り、次に果実に残ったへたを切って形を整える(「二度切り」と言われている)。5人の参加者はすぐ作業に慣れ、運搬用のケースは収穫したミカンで一杯になった。参加者からは、「二度切りや収穫用のハサミは今回の研修で初めて知りました」「畑は急斜面なので移動が思ったよりきついです」「収穫は全身運動ですね」などの声が上がった。

温州ミカンの収穫作業に励む参加者
温州ミカンの収穫作業に励む参加者
温州ミカンの収穫作業に励む参加者
参加者が収穫した温州ミカン
参加者が収穫した温州ミカン

しめ縄づくり教室で地域と交流

 地域交流を学ぶ研修では、参加者は農村の食と生活文化の発信を通じて地域振興を図る「母の膳推進協議会」が主催するしめ縄作り教室で、しめ縄作りを学んだ。「母の膳推進協議会」は、八女市の山間部に位置する星野村と立花町を活動拠点に、タケノコ、キウイ、シャインマスカット、そば、みそなどの地元の豊かな産物の収穫体験や食文化の紹介を通じて地域を活性化しようと結成された。20代から80代のメンバーが活発な活動を行っている。今回のしめ縄作り教室の進行役の小山瑠惟(おやまるい)さんは、熊本県八代市出身で2年前に新規就農し、自分の農園でシャインマスカットの栽培をしている。

 しめ縄作り教室では最初に、近隣在住の富山裕(とやまゆたか)さんからしめ縄の由来や意味について説明を受けた後、富山さんと小山さんの指導で一般の参加者と一緒にしめ縄作りを学習した。

 「正月はもともと家々に新年の神様を迎える行事です。しめ縄は、神様が安心して来られるように家が清らかで神聖な場所であることを示すために飾り始めたと言われています。飾る時期はだいたい12月中旬からですね。しめ縄は、新しい二束のわらを編んで作ります。それぞれの一束のわらは右縄(右回り)に編み、二つの束のわらは左縄(左回り)に編みます。最初は手で編み、慣れてくると足の指に挟んで編むと早く編めますよ」(富山さん)

 参加者はしめ縄作りは全員初めてとのことで最初は苦戦していたが、何度も富山さんと小山さんに教えてもらううちに徐々に慣れ、それぞれのしめ縄を作った。

 「1つのわらの束は右により、2つの束は左へ編むというのを同時にしていくのは難しいですね」「こつとリズムをつかむと何とか進みます」「何度やってもなかなかうまくいきませんが、頑張ります」(参加者)

 しめ縄作りのあとは、富山さんの手打ちのそばと参加者と「母の膳推進協議会」のメンバーが一緒に作っただんご汁が同教室の参加者全員にふるまわれ、食事をしながら交流を深めた。

富山さんにしめ縄作りの指導を受ける参加者
富山さんにしめ縄作りの指導を受ける参加者
苦戦しながらもしめ縄作りに励む参加者
苦戦しながらもしめ縄作りに励む参加者
食事をしながら地元の参加者や同教室の運営メンバーと交流を深める参加者
食事をしながら地元の参加者や同教室の運営メンバーと交流を深める参加者
しめ縄教室の参加者全員での集合写真
しめ縄教室の参加者全員での集合写真

日本農業の問題解決に関わりたい

 3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。

島田貴子さん(北九州市出身、53歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 田舎で暮らし、畑を栽培したい。移住先を探していて今回の研修に応募しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 水と空気がおいしいです。収穫作業は体力的にはそんなにつらくないですね。宿泊した農家民宿でトマトやミカンの農家の方と交流できて面白いです。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 田舎に移住し、古民家カフェの経験など自分のスキルを生かしたイベント開催やカフェの運営、自給自足の農業などをしながら生活をしてみたいです。

津村真由美さん(横浜市出身、50歳代)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 八女市内の星野村でハーブを栽培している知人がいてそこに行きたいと思っていたところ、今回の研修を知り、ミカンも好きだったので応募しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 ミカンの収穫が連日続いて日中はくたくたになりましたが、予想以上の体験ができました。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 地方は自然が近くにあり健康になれていいのですが、移住するとなると難しいところもあるので、(今の住所の)横浜と八女の双方など複数の拠点を持つことを考えています。安心して食べられる野菜を自分で作る自給自足の生活をしながら、複数の仕事の選択肢を持ちたいと思います。地方の情報発信もしたいと思っています。

伊藤剛さん(東京都出身、47歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 アメリカに25年住んでいますが、日本の地方への移住を考えています。今回の研修はネットで知り、面白そうだったので応募しました。日本のゆったりした田舎で自分のライフスタイルで生活したいです。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 農業がどういうものか実際に体験できて面白かったです。農業はどのくらいの体力を使うかが分かりました。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 食に興味があり、野菜などの食材がどのようにできるのかを確認したいと思っています。農業の可能性を感じていますが、有機栽培をしている農家が少ないし、生産者と消費者に距離があって農家の暮らしは東京など都市部の人にはあまり理解されていないなど、日本の農業にはいろいろな問題があります。そうした問題の解決に関わりたいと思います。

インタビューした参加者
インタビューした参加者
インタビューした参加者

(了)

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