歴史と先端技術の町で地域課題、農業実務に触れる~兵庫県・上郡町

生駒山上の駒山城跡から眺める上郡町
生駒山上の駒山城跡から眺める上郡町

 標高300~400メートルの山が連なり、播磨灘に注ぎ込む清流・千種川が町の中心部を貫くように流れる兵庫県上郡町。近畿最西端にある自然豊かなこの町には、歴史と先端技術が共存する。室町幕府の誕生に大きく関わった南北朝時代の武将・赤松円心が築いた山城の跡が今も残り、町の北東に位置する播磨科学公園都市には、研究機関や大企業が活用する世界有数の大型放射光施設「SPring-8(スプリング8)」が存在する。JR山陽本線で上郡駅から姫路駅まで約30分、神戸駅まで1時間少々と都市部までの交通の便が良く、県立大学と付属中学・高校が立地するなど教育環境も充実している。

 今回、新規就農希望者に向けた農業体験研修が2021年11月28日から12月10日までの12日間にわたり町内で実施された。北海道、埼玉県、愛知県から4人の男性が参加。数々の地域課題や農業実務に触れた。

播磨科学公園都市のテクノ中央交差点付近
播磨科学公園都市のテクノ中央交差点付近

毎年4~5人が新規就農

 山に囲まれる上郡町は夜に冷え込むが、昼間は温暖で雨が少ない瀬戸内海式気候の影響で気温が上がる。この寒暖差は農作物の栽培に適し、おいしい米や野菜を生み出す。農業生産物は水稲が7割近くを占め、次いで野菜、豆類の順で栽培が多い。町は近年、栄養価が高く「野菜の王様」と呼ばれるモロヘイヤの栽培に力を入れ、特産品化に成功。粉末に加工した商品がヒットしているほか、モロヘイヤの健康補助食品会社と包括的な連携協定も結んだ。

山に朝もやがかかる上郡町の田園風景
山に朝もやがかかる上郡町の田園風景
上郡町特産のモロヘイヤ粉末(上)と粉末を麺に練りこんだモロうどん(下)=上郡町役場提供
上郡町特産のモロヘイヤ粉末(上)と粉末を麺に練りこんだモロうどん(下)=上郡町役場提供

 町は新規就農者の対策でも成果を挙げる。

 「新規就農希望者は支援策や補助金に興味を持つが、実際はそれよりも『地元の人との付き合い方』『人と人との接点』をサポートする方が重要」と町産業振興課の岡田慎平係長は強調する。新規就農者には町の担当者が個別に付いて支援するが、その効果もあって、ここ5年間で毎年4~5人の新規就農を実現しているという。

 就農希望者を受け入れて雇用する大長農産は、米や大豆、野菜を生産する。様々な農業機械を所有して農作業するほか、ドローンやラジコン草刈り機を活用したスマート農業にも取り組む。大長農産で6年目の久保迅風さん(25)は、「しんどいことは多いが、収穫時の達成感や、仕事を任されているとこにうれしさを感じる」と目を輝かせる。

 うるち米はふるさと納税の返礼品で人気が高く、ピーク時は出荷量の4分の3が返礼品になった。生産拡大に意欲を見せる大長利英代表(49)は、地域農業の体質強化に向けて農林水産省が示した「人・農地プラン」を理解していない高齢農家が多く、「いつごろ農業を辞めるか(本人は)分かっているはずなのに、それを相談しに来てくれない」と嘆く。大長代表は酒米は大口の販売先が見込めると考え、大規模農家の仲間と「兵庫大地の会」を立ち上げた上で、兵庫・灘の大手酒蔵など大口取引先に営業をかけ、まとまった量をそろえて提供しているという。

農業機械で脱穀する大長農産の大長利英代表
農業機械で脱穀する大長農産の大長利英代表

 110ヘクタールを超える農地を耕作する杉本農産の社長、原田和直さん(39)も「兵庫大地の会」のメンバーだ。出身は岡山県津山市だが、妻の実家で代々続く農家を継いで法人化した。6年目となる現在、5人の従業員を抱え、無農薬で安定した品質の農産物を出荷する。「地域に休耕地をつくらない」「田んぼを決して荒らさないこと」がポリシー。周辺農家から預かった田畑では、条件が悪くても工夫して作物を栽培し続ける。

 杉本農産は人材育成にも力を入れる。毎年、兵庫県立農業大学校の学生などを受け入れ、農業研修を実施。原田さんは、「大きな街では味わえない田舎の魅力が上郡にはある。農業も職業の一つとして捉え、就農してもらえたら」と期待を寄せる。

杉本農産の原田和直社長
杉本農産の原田和直社長

地域課題の研修で「汗」

 4人の研修参加者は、主に日程の前半で地域課題を学び、後半は2組に分かれて大長農産と杉本農産で農業の実務研修を受けた。

 就農後に必ず取り組むことになる地域課題の研修では、高齢者の住まいに設置された見守りロボットの見学をはじめ、廃校活用や獣害対策について学んだほか、移住者や2拠点生活者との交流も図った。

 棚田の景観整備では汗を流した。全ての研修を終えた参加者が「研修期間中で最も大変だった」と口をそろえた作業だ。人の頭を優に超える高さの急斜面で、広域にわたって古いグリーンシートを剥がし、真新しいシートに張り替えた。

棚田で景観整備をする参加者ら=全国農協観光協会提供
棚田で景観整備をする参加者ら=全国農協観光協会提供

 谷間で自生する「鞍居桃」を栽培する鞍居地区では、特産品化を目指す試みを手伝った。鞍居桃は、桃の甘さに加え、若干の酸味と苦みが混じった野性味にあふれる。販売すると瞬く間に売り切れるほど人気があるという。参加者は、実を採り終えた鞍居桃の畑で農具を手に、来年の収穫に向けた土壌づくりにはげんだ。

鞍居桃の畑で土壌づくりする参加者ら=全国農協観光協会提供
鞍居桃の畑で土壌づくりする参加者ら=全国農協観光協会提供

ゲーム感覚で農業用ドローン操縦

 大長農産では、農業用の大型ドローンを操縦した。収穫が終わったほ場の上で、従業員の久保さんがお手本の飛行を見せる。その後、上空で機体をホバリングさせたまま、コントローラを手渡して操作方法を説明。参加者はいとも簡単にコツをつかみ、単独で縦横無尽にドローンを飛ばした。「これを導入すれば作業が楽そう」「シンプルで分かりやすい。ゲーム感覚で扱える」と弾んだ声がのどかな田園風景に響き渡り、交代しながらの体験は約1時間に及んだ。

 この後は、参加者が収穫し、ビニールハウス内に並べて乾燥させていた枝付き大豆を脱穀した。自動脱穀機が巻き上げる粉じんにまみれながらの作業だったが、参加者は袋に集まった豆を手にすると、満足げな笑みを浮かべた。

 このほか、アスパラガスを栽培する畑でラジコン草刈り機を動かしたり、積雪に備えた獣害対策用電気柵を撤去したりした。

ほ場で農業用ドローンを飛ばす参加者
ほ場で農業用ドローンを飛ばす参加者
参加者は収穫した大豆を農業機械で脱穀した
参加者は収穫した大豆を農業機械で脱穀した

コンバインの扱いには苦労

 杉本農産では、コンバインの操作を体験した。畑に到着すると一見、作物がない土地が一面に広がっており、そこでコンバインが忙しそうに動いていた。畑の表面を凝視すると、背の低い枯草が点々とあるだけ。実はこの茶色に乾燥した草が収穫期にある大納言小豆だった。

 参加者は、コンバインの運転席に座って左右のレバーを握り、収穫作業に挑戦した。運転席の横に指導者が立ち、操作を確認しているとはいえ、みな初めてとは思えないほど運転が上手い。刈り取り部分を地面すれすれで動かし、取りこぼしはない。だが、感想は予想と違った。参加者は、「車体の揺れが凄く、難しい操縦だった」「地面の凸凹と左右の振れを操縦レバーで調整したが、かなり繊細だった」と苦労した点を口にした。

 杉本農産の原田社長は、獣害対策として狩猟免許を取り、シカやイノシシを捕獲しに出ている。「山に囲まれた場所なので、獲らないとどんどん増えていく」と原田社長。研修日にシカがわなにかかり、参加者はその解体を目の当たりにするという貴重な経験もした。

畑で指導を受けながらコンバインを操縦する参加者
畑で指導を受けながらコンバインを操縦する参加者
大納言小豆を収穫した参加者
大納言小豆を収穫した参加者

美食やブランド日本酒を堪能

 参加者は12日間、上郡町内の宿泊施設「ライダーハウス かなじ村」に投宿した。オーナーの村上公伸さん(58)が、生まれ育った古民家を貸し出している宿だ。一泊の宿泊料金は素泊まり1500円、朝食・寝具付き2500円と手ごろで、新型コロナ流行の前は、年間300人を超えるライダーの利用があったという。村上さん手作りの施設や内装は遊び心満載で、ドラム缶風呂や本格的なピザ窯も備えている。

 今回の研修では、特別に夕食を提供。参加者は地元のイノシシを使った牡丹鍋(ぼたんなべ)や瀬戸内海産のカキなどの美食を楽しんだほか、国から地理的表示(GI)の保護対象に指定されている兵庫県播磨地域のブランド日本酒を堪能した。

参加者と酒を酌み交わした村上さんは、「参加者の個性は様々だが、ぜひ上郡町に残って欲しい」と熱望していた。

宿泊施設「ライダーハウス かなじ村」のオーナー村上公伸さん(上)と施設の外観(下)
宿泊施設「ライダーハウス かなじ村」のオーナー村上公伸さん(上)と施設の外観(下)

街づくりや地域創生へのまなざし

4人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。

中嶋重明さん(札幌市在住、22歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

地元のテレビ番組で農業を扱うケースが多くあり、農業に興味を持ったことがきっかけです。「農業研修」という言葉でインターネット検索し、今回のプログラムを見つけ、参加を決めました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

地域の方と話せる機会が多く、また、皆さんの温かい気持ちに触れ、楽しかったです。コンバインを操縦するなど、これまでやったことがないことを沢山できたのは素晴らしい経験で、充実した日々を過ごせました。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

農業体験や説明を聞く場面を多く作ってもらいましたが、今後はさらに農業のノウハウを身に付けて、数年後に起業できたらと思っています。

水野皓平さん(埼玉県川口市在住、25歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

子どものころから生物や自然に対する好奇心が強く、図鑑を愛読していました。学生時代は勉強や部活、学校行事で、人と競い、抜きん出るために頑張ってきましたが、社会人になり「100歳まで生きるとしたら」と考えたところ、大事なものを置き去りにして生き続けていくのは苦しいと感じ、会社を辞め、昔の気持ちに立ち戻って農業の現場を知ろうと思いつきました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

地域創生や人手不足など、農業は地域の根深い問題と密接に絡んでいると知りました。単に、農業に関わりたいという自分のエゴで参加しましたが、もっと街づくりとか、地域創生に目を向けなければいけないと痛感しました。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

地域を活性化し、自分が幸せに働き、みんなも幸せになれるような生き方がしたいと思っています。会社を辞めた勢いを無駄にせず、色々な経験を積んで突き進み、いずれは農業経営者になれればと考えています。

千葉悟史さん(札幌市在住、35歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

就農に向け、トラクターやコンバインを公道で運転するための大型特殊免許、壊れた農機具を修理する時に必要な溶接の資格などを取得してきました。準備を進める中で、自分が作りたいものよりも、市場が求めているものを作らないと意味がないと気づきました。地域によって求められるものは違いますが、それがまだ自分の中で定まっておらず、今回の研修を通して模索できればと思い参加しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

農業の花形は収穫作業だと思い込んでいましたが、獣害対策用の電気柵撤去だったり、柵の設置時にドリルでコンクリートに穴を開けたり、こういったことも農業の仕事なんだと身をもって体験できました。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

将来的には「半農半X」を目指し、今やっているWEB制作の仕事をしながら農業に携わっていければと考えています。

橋本伸一さん(名古屋市在住、45歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

4~5年前から自然に触れた生活を送りたいと思い、移住を検討してきましたが、移住専門のホームページで今回のプログラムを見つけ、参加を決めました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

普段、都会では経験できないことばかりで、本当に感謝しかありません。狩猟の体験が一番印象に残っています。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

上郡町は自然が豊かで人が温かく、食べ物やお酒も堪能しました。移住地候補地として考えています。

(了)

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