愛媛県西端の港町で1次産業と地域交流を学ぶ~愛媛県・八幡浜市

八幡浜港近くのミカン畑の夕景
八幡浜港近くのミカン畑の夕景

 愛媛県西端の八幡浜市は、佐田岬半島の付け根に位置し、リアス式海岸と丘陵の眺めが美しい港町だ。北は瀬戸内海、西は豊後水道に面し、古くから四国と九州を結ぶ海上交通や地域の交易の拠点として栄え、「伊予の大阪」とも呼ばれた。現在も大分県の別府、臼杵と結ぶフェリーなどが行き交い、四国有数の港町の地位は揺らいでいない。また、温暖な気候と地形を生かした全国トップクラスの生産量と品質を誇る温州ミカンの栽培や海産物の豊富な水揚げなどでもよく知られ、1次産業も極めて盛んである。近年は、魚肉の練り物などを使った地元独自のちゃんぽんが、「八幡浜ちゃんぽん」の名称で市内の多数の飲食店が提供し、新たな観光資源となっている。

 八幡浜市で、1次産業や森林保全などによる地域交流を学ぶ現地研修を取材した。研修は2021年11月30日から12月6日までのおよそ一週間で、参加者(男性2人、女性6人)は、海岸清掃やヒノキの伐採などを通じた地域交流、漁業(いかだ釣り)と柑橘(かんきつ)類のメンテナンス作業や収穫の実務体験を学んだ。

八幡浜港から出港する大分県臼杵行きのフェリー
八幡浜港から出港する大分県臼杵行きのフェリー
八幡浜市内の「八幡浜ちゃんぽん」提供店のちゃんぽん
八幡浜市内の「八幡浜ちゃんぽん」提供店のちゃんぽん
八幡浜の地名の由来となった八幡神社の境内からの八幡浜市街と丘陵地の斜面全体に広がるミカン畑の眺め
八幡浜の地名の由来となった八幡神社の境内からの八幡浜市街と丘陵地の斜面全体に広がるミカン畑の眺め

1次産業のすべてがある八幡浜

 柑橘類の生産量と品種の多さで全国トップクラスの愛媛県においても八幡浜市の温州みかんの品質と生産量は群を抜いている。「日の丸」、「真穴」などは全国ブランドとしても有名だ。八幡浜には平地が少なく、丘陵の急斜面をミカン畑として利用したことで、太陽の直射日光、海面からの照り返し、段々畑を支える石積みからの輻射(ふくしゃ)熱の3つの光が生育を促進するという好環境が生まれた。特に標高のある丘陵地では昼夜の寒暖差が大きく、その分、柑橘類は甘く、まろやかな味になる。

 八幡浜市は、水産業が盛んな土地でもある。八幡浜港の魚市場には近海から多彩な魚種の豊富な海産物が水揚げされ、近隣の道の駅「八幡浜みなっと」内にある直売所には地元の新鮮な海産物を求めて近隣の市町村からも毎日多くの来訪者がある。水産加工業は八幡浜市の主要な産業で、かまぼこや地魚のすり身を揚げた「じゃこ天」などの練り物は有名で、大きな観光資源となっている。

直射日光、海面からの照り返し、段々畑の石積みの輻射熱を浴びて生育するミカン
直射日光、海面からの照り返し、段々畑の石積みの輻射熱を浴びて生育するミカン

 専業農家で柑橘類の栽培歴4年の松田寛志さんは、家業として代々受け継いできた2ヘクタールの畑で、温州みかん、デコポン、イヨカン、せとか、紅マドンナなどの柑橘類とキウイを栽培している。松田さんは、「温州みかんにも収穫の時期によって早生(わせ)など4つの種類があり、収穫の時期が遅いものほど甘くなります。今はデコポンに鳥や虫の被害防止の袋を掛ける作業の時期。デコポンは収穫後、風通しのよい場所で40日間熟成させて甘味を増し、出荷します。紅マドンナはそろそろ収穫です。柑橘類は、苗木の時は根を荒らすモグラ、木が成長してからは枝を吸うカミキリムシやカメムシ、実を狙うハクビシンやイノシシなど敵が多いのですが、毎年収穫を楽しみにしてくれるお客さんにおいしいと言ってもらえるのが嬉しいですね。大ヒットした紅マドンナに続いて紅プリンセスという新品種ができました。紅マドンナと甘平を交配させたもので、今は苗木なので3年後ぐらいから収穫できます。楽しみです」とミカン栽培の苦労と喜びを語ってくれた。

松田寛志さんと松田さん所有のミカン畑
松田寛志さんと松田さん所有のミカン畑

林業を学んだ後に会食で地元森林組合と交流

 八幡浜市は平地が少なく森林の占める割合が多い。愛媛県の土地面積は約7割が森林。そのうち9割が民有林でその内訳はスギとヒノキがそれぞれ約3割となっている(愛媛県HPより)。森林には、木材の供給や水資源の蓄積、山崩れや洪水など災害の防止、二酸化炭素吸収による地球温暖化防止など多くの機能がある。

 八幡浜市の八西(はちにし)森林組合は、愛媛県や山林所有者から依頼を受けて森林保全や整備の業務を担い、木材として使用する木の伐採、密度調整のための間伐、形の悪い木などを除く除伐を行っている。

 同組合の菊池明宏総務課長は、「愛媛県はヒノキの生産量が全国でもトップレベルです。山林の所有者は、以前は自分が所有する山の木を売って生活していましたが、木材の価格が下がって林業だけでは生活ができなくなり、(山林は)財産的価値の位置づけになっています。ヒノキの価格も下がり、スギとあまり価格差がなくなってきました。森林には多くの役割があるので多くの方に知ってほしいですね」と林業の現状を語ってくれた。

参加者にチェーンソーの使用を指導する八西森林組合の菊池明宏総務課長(左)
参加者にチェーンソーの使用を指導する八西森林組合の菊池明宏総務課長(左)

 八幡浜市はリアス式海岸からすぐに丘陵地が続き、市街地の比較的近くからスギやヒノキの森林が広がる。研修参加者は、八西森林組合の河野敏代表理事組合長が所有する山林で、同組合の西口邦彦代表理事専務、菊池明宏総務課長から森林組合の役割や林業についてレクチャーを受けた。その後、菊池総務課長ほか組合職員の指導の下、ヒノキの枝や丸太の切断作業を行った。

 レクチャーの最初に菊池総務課長から、「林業にはいろいろな作業があります。林業に接したことが無い方がほとんどだと思いますので、林業はこういう仕事をしているということを実際に体験してもらいたい」との挨拶があった。

 参加者からは、「森林組合は自己で所有する山林を伐採するのですか?(回答:山林の所有者からの依頼で伐採します)」「林業だけで食べていけますか?(回答:昔は自分の山林の木を切って生活していたが、100~200ヘクタール所有していないと林業だけでは難しい)」、「組合に女性の従業員はいますか?(回答:八幡浜にはいないが、他の地域の組合にはいる)」などの質問があった。

 レクチャーのあとは、組合職員が樹齢40年ほどのヒノキをチェーンソー(木などを切る動力工具)で伐採し、参加者は菊池総務課長や他組合職員からチェーンソーの使い方の指導を受けながら、倒れたヒノキの枝や丸太の幹を順番に切断する作業を行った。

 「チェーンソーにはエンジンの誤作動を防止する安全装置があり、作業しないときは必ず安全装置を使用します。右利き用しかないので枝を伐採する際には自分の足を切らないように必ず木の左側に立つこと。のこぎりのように前後に動かさず、チェーンソーの重みと歯の勢いを利用して真っすぐに切るようにしてください。歯がうまく進まないときは斜めになっています」などの説明を受けた。

 参加者からは、「ヒノキの香りがすごい」「思ったよりスムーズに切れた」「チェーンソーは使いやすく、作業が楽しい」などの声が上がった。作業のあとは、八西森林組合から同組合が管理する作業場で、バーベキューが行われ、参加者たちは森林組合との会食を楽しんだ。

八西森林組合からレクチャーを受ける参加者
八西森林組合からレクチャーを受ける参加者
指導を受けながらヒノキの枝を切る参加者
指導を受けながらヒノキの枝を切る参加者
指導を受けながらヒノキの幹を切る参加者
指導を受けながらヒノキの幹を切る参加者
切り取ったヒノキの即席のストーブ
切り取ったヒノキの即席のストーブ

農業の実務体験 デコポンの袋掛け作業

 農作業の研修では、参加者は専業のミカン農家の松田寛志さんから指導を受け、松田さん所有のミカンの人気品種であるデコポンの畑で、鳥や虫の被害を防ぐ袋掛け作業を行った。デコポンはユーモラスな形状が特徴で、濃厚な甘みと酸味が人気だ。

 松田さんから、「実が袋の中心になるように掛けてください。袋が片寄ると太陽の光が実に均一に当たらなくなります。露地栽培は、鳥や虫、動物などの敵が多くて大変です。ミカンは品種によって育て方が違います。果実は呼吸していて、デコポンは風通しのよいところで40日間ほど熟成させると酸味が取れて甘みが出ますね」などの説明を受けた。参加者は、伸縮性のある袋をデコポンに一つずつ丁寧に掛けていった。

 「袋掛けのときに実が落ちないかひやひやしましたが、案外大丈夫でした」「袋掛けは簡単そうに見えましたが、やってみると難しい」「実の色が黄色から袋の黒や白の色に変わっていく眺めを見ると達成感があります」(参加者)

デコポンの袋掛けの指導をする松田さん(左)と参加者
デコポンの袋掛けの指導をする松田さん(左)と参加者
デコポンに袋を黙々と掛ける参加者
デコポンに袋を黙々と掛ける参加者
海辺に近い松田さん所有のデコポン畑
海辺に近い松田さん所有のデコポン畑

農業をしながら地域に貢献したい

  3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。

ブレンダ・チェンさん(大阪府出身、45歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 一次産業に興味があり、植物と関わりたいと思っていました。地元自治体からのアドバイスで高野山での林業体験をしたことがあり、今回の研修の内容に興味を持ち参加しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 これまでデスク業務の仕事をしていましたが、今回の研修で農業を体験すると体が楽になりました。農業が自分に合うと感じています。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 自分に合う農業の暮らしをしながら地域に貢献したいと思います。どの地域で暮らすのかこれから模索します。

太田和雄さん(福岡県出身、55歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 農業に関心があり、就活系のイベントに参加したことがきっかけで今回の研修を知り、 参加しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 船に酔うので漁業はあきらめていたのですが、今回のいかだ釣りの体験が楽しく、釣りの楽しさを味わえてよかったです。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 これからの人生設計はまだ決めていませんが、都市に住み続ける理由もなく田舎で農業に関わった暮らしをしたいと思っています。

藤井涼子さん(岡山県出身、43歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 自然が好きで農業に関心がありました。農業の就活フェスタに参加しましたが、農業のイメージがつかめなかったので、今回の研修に参加しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 いろいろな選択肢を体験できてよかったです。八幡浜は人が素晴らしいので今すぐ移住したいぐらいです。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 モノづくりと農業が好きなので両方をうまく組み合わせる仕事ができればと思います。

インタビューした参加者
インタビューした参加者

(了)

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