民話のふるさとで6次産業化を学ぶ~岩手県・遠野市

遠野盆地南方の鍋倉城跡から見た遠野市の風景
遠野盆地南方の鍋倉城跡から見た遠野市の風景

「民話のふるさと」で知られる遠野市。農泊に滞在しながら、ここで展開されている農業の6次産業化や集落営農の最前線を、収穫などの農業実務とともに学ぶ2週間の現地研修を取材した。研修は2021年10月3日から16日までのおよそ2週間で、男性5人、女性6人の参加者は大手ビールメーカーと連携したホップ栽培をベースにビールを核とした地域の課題解決を目指す事業展開や、集落営農での6次産業化や情報発信、加工用の山ぶどうの収穫作業などを学んだ。

遠野遺産カッパ淵
遠野遺産カッパ淵

日本一のホップ生産と集落営農

 岩手県の内陸部に位置する遠野市は、周囲を山々に囲まれ、今も里山の風景が多く残る。この地の冷涼な気候に適したビール原料のホップ栽培は、日本一の栽培面積で半世紀以上の歴史がある。柳田國男が河童や座敷童子などこの地に伝わる伝承を記録した『遠野物語』などによって遠野は「民話のふるさと」として有名になったが、実はホップも地域のシンボル的存在なのだ。

 ホップ栽培農家の菊池重光さんは、ホップの栽培を始めて30年。7カ所、計約2ヘクタールの畑で専業農家としてホップを生産する。「50代の私はホップ農家では若い方ですね。8月中旬の収穫作業は重労働で、どうしても人手が必要になります。栽培農家が助け合って共同作業していますが、その後の遠野産ホップのビールが楽しみです」と菊池さんは語る。

 遠野市の西北部を流れる宮守川。この川に架かる「めがね橋」の初代の橋は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のモチーフになったといわれている。この宮守川の上流地域の小規模農家が立ち上げた「宮守川上流生産組合」は、集落が一体となった農業展開「一集落一農場」を目指し、米、トマト、キウイ、ニンジン、ブルーベリーの栽培から、山ぶどうジュースやトマトジャム、どぶろく、薫製とうふといった加工生産、産直市場での販売まで、多角的な営農を進めている。

同組合の事務局長を務める菊池文彦さんは、「この地域の農業を守るため、宮守川の自然を生かした営農や事業展開を推進するのが組合の目的です。若い人が安心して就農できるよう生活基盤の強化もしています」と話す。

遠野醸造1階座学風景
遠野醸造1階座学風景

ホップの里からビールの里へ

 遠野市は1963年、大手ビールメーカーとホップ栽培の契約を結び、長年にわたり栽培面積全国一位の生産地としてホップ栽培を続けてきた。しかし、後継者不足や設備の老朽化などで近年生産者は減少。この危機を乗り切るため、2015年に「ホップの里からビールの里へ」の新スローガンのもと、「ビールの里」プロジェクトが立ち上がり、ビールをテーマにした地域の課題解決や活性化の活動を始めた。

 研修は、まず座学からスタートした。「ビールの里」構想のプロデューサー的立場である株式会社Brew Goodの田村淳一代表取締役から、遠野のビールを核とした新しいビジネス展開と課題解決に向けたアプローチの現状を聞く。

 田村代表は、「このプロジェクトに共感して、この5年で8人の新規就農者がホップ栽培に参加してくれました。このプロジェクトでは、ホップ収穫祭の開催や新ビールの開発、ビアツーリズム、動画サイトなどの展開で国内の他の地域や海外からの観光客を呼び込みたいと考えています。ホップ関連の事業体はライバルではなく、それぞれの分野でひとつの共通のビジョンを共有しています。そのビジョンを基に、地域のブランディングを目指しています」と熱く語る。研修参加者から、「人手不足の解消に短期アルバイトは?(回答:生産者が個別に対応しているが、プロジェクトとして必要な労働力を賄う仕組みを考えないといけない)」「ホップはビールのつまみにできませんか?(回答:野生のホップはヨーロッパでは高級山菜。日本では栽培時の農薬の関係で今は難しい)」などの質問も出た。座学の後はバスで移動し、遠野市内のホップ畑や関連施設を見学した。

ホップ畑
ホップ畑

 見学では専業農家の菊池重光さん所有の畑で、菊池さんからホップ栽培の苦労や栽培方法についての説明を受けた。菊地さんは「毎年8月中旬にホップの実を採り入れるので、今の畑は株が残っているだけ。収穫する前のホップの青々とつるが高く伸びた畑の様子をぜひ見て欲しいですね」と少し残念そうだった。

上郷ホップ加工処理センター
上郷ホップ加工処理センター

 収穫したホップを乾燥させるホップ加工処理センターでは、遠野ホップ農業協同組合の渡辺智秋さんから、設備の構造や乾燥の方法、稼働の時期などについてレクチャーを受けた。「8月中旬に最初に持ち込まれた採れたてのホップでできたビールはまさに一級品です。11月初旬には遠野で採れたホップのビールの販売が開始されます」(渡辺さん)

「パドロン」ハウス工場レクチャー風景
「パドロン」ハウス工場レクチャー風景
パドロン
パドロン

 最後に「パドロン」のハウス工場を見学した。「パドロン」はスペインで栽培されている野菜で、ビールのつまみに合うと遠野でも生産を始めた。外見はししとうとピーマンを足して2で割ったようだが、味には苦みがなく子供も食べやすい。スペインでは露地栽培だけで、ハウス栽培は世界で遠野だけだということだ。

 工場を運営するBEER EXPERIENCE株式会社の高間陽佑さんから、栽培や収穫の方法などについて説明を受けた後、素揚げの試食タイムがあった。参加者からは「辛くない。さっぱりして美味しい。ビールに合う」という声が多く、好評だった。

“一集落一農場”を目指す集落営農

宮守川上流組合座学
宮守川上流組合座学

 宮守川上流地域は平地が少なく、小規模農家が多い。そのため、農家の後継者の育成が困難な状態だった。そこで集落が一体となった農業でこの状況を打開しようと、1996年に宮守川上流生産組合が設立され、「一集落一農場」の実現を目指すことになった。現在、組合には「ブルーベリー」「わらび山菜」「農産物直売」「加工」などの部会があり、それぞれの役割から地域の活性化を図っている。

 菊池文彦事務局長が、組合の成り立ちや推進している6次産業の取り組みをレクチャーした。参加者から、「就農サイトやワーキングホリデーには対応していますか?(回答:新規就農サイトで求人し、ワーキングホリデーにも対応している)」「農業体験者の受け入れは?(回答:愛知県や岩手県など県外からも積極的に受け入れている)」など熱心な質問が出た。 

 菊地事務局長は「カブトムシの幼虫の繁殖など、冬の収入になる事業も模索しています。人気のトマトジュースもコロナ禍で苦戦していますが、どぶろくやキウイジュースなど、これからも特産品を生かした地域づくりを目指します。この10月からECサイトも始めます」と、組合の取り組みを説明した。

山ぶどう収穫風景
山ぶどう収穫風景

 座学と見学の後、研修は農業の実地体験に移り、参加者はジュースに加工される山ぶどうの収穫を行った。畑を所有する農家の方から収穫の方法についてレクチャーを受け、それぞれハサミとケースを持って収穫作業に取り組んだ。最初は「どこを切ればいいですか?」と聞く参加者も多かったが、すぐに慣れ、雨の中、雨具を付けて約1時間、収穫作業に励んだ。参加者の1人は、「農業をやろうと思っているのでこうした実地の研修はもっとやりたいです」と楽しそうに話していた。

農業は人と人のつながりが大事。現場の声を聞けてよかった。

 3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。

安藤里奈さん(東京都出身、25歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 農業に縁はなかったが、実家の両親が貸農園で作った野菜を送ってくれる。作った人が分かる野菜を食べたいと思うようになり農業に関心を持った。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 田舎暮らしもしてみたかったのでこうした農村の暮らしはとても新鮮で楽しい。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 まだ具体的なビジョンはないが、(今回の研修が)自分がこれからどうしていくのかを考える大きなきっかけになった。

朝倉亮一さん(東京都出身、45歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 農業と関係がなかったが、参入しようと思っている。直接農家に就農について聞くのは難しいのでこうした研修に参加して勉強しようと思った。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 とても勉強になった。研修の内容には満足している。次のステップにいかしたい。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 ドローンによる農薬散布を考えている。また、農家補助という立場での就農もいいのではないかと思うようになった。

インタビュー者の写真

タカハシノゾミさん(千葉県出身、33歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

 農業に関係している仕事をしているが、生産者の現場を今まで経験したことがなく体験してみたかった。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

 現場の本当の声を聞けてよかった。農業は実務作業だけでなく、現場では人と人のつながりが重要だと分かった。農業はコミュニケーションがとても大切だ。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 農業関連の仕事は人が不足しているが、受け入れ体制がもっと充実していれば人は来るのでは。また、人が来るような仕事にしなければと思う。

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