《関係創出先進事例集》特定非営利活動法人「ふじさと元気塾」の活動 – 秋田県藤里町

ふじさと元気塾が整備した春日野展望デッキからの藤里町と白神山地の眺め

藤里町の観光資源の1つ  横倉の棚田風景

秋田県藤里町

藤里町は秋田県の最北部に位置し、青森県との県境にある世界自然遺産の白神山地には標高1千メートル級の山々が連なる。人口は約2800人(2024〈令和6〉年8月)。町内には白神山地を源流とする藤琴川と粕毛川の二つの川が流れ、白神山地の広大なブナ林でろ過されたふんだんな湧き水は、飲用水、稲作、イワナ養殖、ワサビや野菜の栽培などに使用されている。また、白神山地の肥沃(ひよく)な土地で放牧される羊は肉質が良いと評判で、白神山地ワインやあきた白神りんどうなど特産品が多い。
豊かな自然と美しい風景に恵まれた藤里町で地域再生に奮闘する「ふじさと元気塾」の活動を取材した。

「ふじさと元気塾」の誕生

「故郷を活気づけたい」

特定非営利活動法人「ふじさと元気塾」(藤原弘章理事長)は、2010(平成22)年10月1日に藤里町で設立された。神奈川県藤沢市の中学校教員だった藤原理事長が08(平成20)年に同町に帰郷し、人口減少が続く故郷を活気づけたいと地元の有志と一緒に同塾を立ち上げ、「藤里町の自然を守り、自然の恵みを育て、人と助け合うことを目的とした活動」を行っている。24(令和6)年10月には設立15年目を迎えた。

同塾の継続した多様な活動により、秋田県の内外をはじめ海外からもファンが訪れるようになり、関係人口が飛躍的に拡大している。これまでの取り組みが認められ、21(令和3)年に農林水産省「ディスカバー農山漁村の宝」コミュニティ部門東北農政局長賞、23(令和5)年に秋田県農山漁村活性化部門ふるさと秋田農林水産大賞、農林水産大臣賞を受賞している。

組織の運営方針

「自社事業で収益を確保」

藤原理事長は「NPO法人は財政的に厳しいところが多く、私たちのように6人のスタッフを抱えて持続できているところは少ない。行政からの業務委託事業だけでは人件費を賄うことができないので営利目的ではない自主事業で収益を確保しなければならない。小さい予算規模のいろいろな事業を遂行しながらスタッフが無理なく楽しく働く環境を整えていくことが肝心」と運営の方針を語る。

同塾に2024(令和6)年4月に新卒1人(大阪府出身)が就職したほか、秋田県立大大学院生がアルバイトとして働き始めるなど、若い世代がスタッフとして参加。活気を提供している。

多様な活動内容

〈サポーター会員制度〉首都圏在住者との連携 「田舎通信」で情報発信

ふじさと元気塾は、塾の活動を支える正会員(現在29人)の他に秋田県外在住者(主に首都圏)と連携し、藤里町の地域課題の解決につなげようと、サポーター会員制度を設けている。会員になると、年間1回、藤里町の地産(秋の新米のきりたんぽセットと旬の食材など)の宅配を受けられる。現在同会員は50人で、徐々に増えている。

藤原理事長は、各会員や塾とつながりのある人に月に1回、「田舎通信」のタイトルで塾の近況報告をメールで配信し情報提供を行っており、意見や情報を積極的に取り入れている。

〈農泊事業〉農家民宿に国内外から多数の来訪客

同塾は農林水産省の農泊推進事業交付金を活用し、農家民宿や農家レストラン、加工品づくりなど持続可能なビジネスを展開。地域の活性化に努めている。

町内粕毛地区の「粕毛はなの民泊通り」と名付けられた300メートルの通りに4軒の農家民宿と塾直営の「一棟貸しゲストハウス南白神ベース」があり、その他「ゲストハウスあわじ商店」「貸し田舎Matchaの宿」など計7軒の宿泊施設がある。秋田県内や首都圏の大学生の来訪も多く、コロナ禍を経て近年、海外からの宿泊客も激増。2023(令和5)年度にはケニアなど海外から25人が来訪した。インバウンド需要が回復しつつあり、拡大が期待される。

一棟貸しゲストハウス南白神ベース

農家民宿「陶(とう)」の佐々木喜恵子さんは、地産の馬肉と自分で採った貴重なホウキダケ、マイタケを砂糖としょうゆで煮込んだ料理が得意。「昔から祝いの席では馬肉料理を出しますね。マツタケやホウキダケ、マイタケなどが生える場所は秘密です。農家民宿では藤里町にはいないデザイナーやイラストレーターなどの職業の人と会えるのが面白いですね」と佐々木さんは楽しそうに話す。

農家民宿「陶(とう)」の佐々木喜恵子さん

〈多彩なイベント開催〉ゲンジボタル鑑賞会 著名人講演会 音楽ライブ

同塾はさまざまなイベントを催し、地域を盛り上げ町民が元気になるように工夫を凝らしている。
農家民宿のすぐ近くで1000匹以上のゲンジボタルの乱舞を見ることができることから、塾と「ふじさと粕毛まちづくり協議会」、藤里町観光協会が協力し、ゲンジボタルの鑑賞会を開催。また、日本総研主任研究員の藻谷浩介氏による講演会、元ニッポン放送社長で伝説のラジオ・ディスクジョッキー亀渕昭信氏によるトークショー(同塾設立15周年記念)など著名人登場のイベントも多数実現している。藻谷氏は講演依頼が多いことが知られているが、塾の新人スタッフの積極的なアプローチにより開催に至った。

ふじさと元気塾創設15周年記念イベントのチラシ(ふじさと元気塾提供)

〈地産巨大イワナの販路開拓とブランド化〉

同塾は、白神山地の広大なブナ林でろ過されたふんだんな湧き水を使ってイワナ養殖を行っている。サクラマスの養殖を受託した際に得たノウハウを活用し、イワナの養殖も開始した。イワナは50センチの大きさに成長し、町内の宿泊施設や農家民宿に提供。「巨大白神イワナ」としてのブランド化も目指し、販路拡大に励んでいる。

イワナの養殖場で雪降る中、イワナの成長を見守る(ふじさと元気塾提供)

〈農村RMOの取り組み〉地産カレー ドローン空撮の3次元マップ

23(令和5)年4月から、農林水産省の農村RMO(農村型地域運営組織)形成推進事業も開始した。「農用地保全」「生活支援」「地域資源活用」の三つのテーマで自立した収益事業に向けた取り組みを行い、農林水産省から交付金による支援を受ける。塾は、同事業の主体である「ふじさと粕毛地域活性化協議会」の事務局として、これまで獲得してきた地域活性化のノウハウを生かしながら、農村RMO事業の中心的な役割を担い地域の元気を盛り上げていく。

具体的な取り組みとしては、地産のマイタケや米、羊肉を使った特製カレーを町内に開設する期間限定のレストランで提供し、キッチンカーなどで秋田県内各地に販売、宣伝で回るなどの活動を行う。また、町内ではクマなどの鳥獣被害が大きな問題になっていることから、鳥獣被害があった箇所が一目で判別できて被害防止につながるように専門家の協力を得たドローンの空撮による3次元デジタルマップ作りに取り組んでいる。

〈注〉農村RMO(農村型地域運営組織)=人口減少が顕著な「中山間地域」の農地保全と農業を主軸に住民、法人、自治会などが一体となって「地域経営」に取り組む組織。

〈情報発信〉JALと連携し全国へイベントやツアーの募集告知を

同塾と藤里町観光協会は日本航空と提携し、同社運営のサイト「JALふるさとむすび」を通じてイベントやモニターツアーなどの募集を開始した。サイトは、全国の自治体や地域の事業者が情報提供した農山漁村体験のプログラム募集を閲覧でき、申し込みに進めるマッチングプラットフォーム。読者は自身のニーズにあったエリアやコンテンツ、期間や予算など検索機能を活用してプログラムを見つけることできる。24(令和6)年5月31日にサービスを開始した。

藤原理事長は「大変ありがたいサイトで、一人でも多く南白神の里を訪れてくれる人が増えてほしい」と期待する。

〈参考〉「地域とつながる関係人口創出型プラットフォーム JALふるさとむすび」

〈藤沢市など地域外との交流〉 

同塾は、藤沢市など県外の地域とつながり、交流人口を拡大させている。藤原理事長が以前に藤沢市の中学校で勤務した際の縁で、当時同僚で現藤沢市議会議員の藤里町の学校の視察(児童生徒が減少する自治体における義務教育の意義や役割などについて)が実現するなど交流が生まれている。同理事長は「人口が45万人近い湘南の藤沢市と、2800人程度の人口の藤里町が規模の違いを乗り越えて交流ができれば、いい化学反応を起こしプラスになれば」と話す。

〈農村体験活動〉企業と連携した研修や人材交流

同町への訪問客に対し農泊とともに白神山地の自然を十分に堪能できるサイクリングや登山などの農村体験メニューを提供しているほか、地元小学生の授業の一環として、農泊や農村体験学習を受け入れている。また、県内外の学生のほか日本航空や東北電力などの民間企業と連携を図り、地域活性化について幅広く意見交換を行い、各種研修を通じて世代や地域を超えた交流を深めている。

 

研修生に聞く

農水省の農泊推進事業で支援を受けた2022(令和4年)度の研修事業「JALワーキングホリデー」に参加した今井蓮さん(当時大学生)は、当研修がきっかけとなり同町へ移住した。今井さんに移住の経緯や感想、今後の展望について聞いた。

〈移住を決めた経緯や思いについて〉

―藤里町の存在は、23(令和5)年2月に参加したJALふるさとワーキングホリデーで知った。その際に藤里町に2週間滞在し、人のぬくもりや自然に囲まれた環境に引かれ移住した。また、今まで全く縁がない自然に囲まれた町に移り住み、その地域に溶け込みながら人とのつながりを構築していくことを経験してみたかった。

〈移住した感想〉

―人が魅力的な町だと感じている。(最初は)私のような外部から移住してきた人間に対して排他的なのかなとイメージしていたが、そんなことはまったくなかった。積極的に自分を受け入れてくれ、親身になって「ここでの生活について不安な部分はあるか?」と相談に乗ってくれる。また、白神山地から流れてくる水のおいしさ、地元のお母さん方が作る山菜料理、家を出ればすぐ見ることができる日本の原風景、満天の星空を独り占めできるところ、ご近所付き合いの楽しさーなども大きな魅力だ。

〈今後の展望について〉

―自分の地元である大阪の人は、藤里町の存在をほとんどの人が知らない。そういった人に藤里町を知ってもらえるような活動をしていく。また、地方暮らしの良さをSNSで広め、農について学んでいきたい。

「JALワーキングホリデー」の研修風景(上2枚)

【今後の展望について】
藤原理事長

「ふじさと元気塾」は、私が2008(平成20)年にUターンで戻って来て志を同じくする仲間と10(平成22)年10月1日に立ち上げ、現在まで一人も辞めないで継続できている。同じ目的を持って対話を重ね、楽しく無理をせずに取り組んでいることがいいのだろう。財政的には厳しい状況もあったが、民間や町の業務委託を行い国や県の事業に積極的に挑み、自主事業にもトライしてスタッフの雇用を維持している。小さな農山村ではNPO法人をつくること自体が大変だが、人口減少が進み縮小化している中で雇用を創出することが地域貢献につながるという信念を持って継続している。
(他の地域や人と)つながることを大事にしている。サポーター会員は、仙台市や秋田市、首都圏、広島市など48人に増えている。講師として来ていただきたい人には唐突にメールを送ってつながり、大学の先生から専門分野の話を聞き、自分たちではできないドローン空撮のプロの力を借り、今までつながっている人を仲介して新たなつながりが生まれ、いろいろな企業や業界の人たちにつながっている。そのようなつながりの中で予想もしない化学反応が起きることもある。今後も横へのつながりを増やし続けたい。
現在創設以来15年がたち、今後何年やり続けることができるか分からないが、元気塾としてできることを行い、住民が元気になるために尽力したい。現在営業している農家民宿4軒、1棟貸し南白神ベース、ゲストハウスMatchaの宿を今まで以上に多くの人に利用してもらい、さらに新規に開業したいという人が現れるようにPRしたい。また、農村RMOの実証事業を通して地域の農業に目が向き農業に従事する人が増えるように呼び掛けていきたい。
雇用を継続するためには現在の事業だけでは財政面で厳しくなる可能性があり、新規の国や県の事業、自主事業をさらに増やすことを検討する必要があるかもしれないが、身の丈以上のことをやって財政状況を悪化させることがないように理事長として責任感を持って取り組みたい。
新たに移住してふじさと元気塾で地域づくりを勉強して働きたいという人がいれば、できるだけその人を受け入れるようにしたい。一人でも多くの若い世代の人たちや女性が関わってもらえるようにやりがいのある事業も推進できるようにしたい。NPO法人として行うことはそれほど多くはない。「言うはやすく、行うは難し」であることは承知だが、やることができる人がやれることを行って元気にすることが大事だと考えており、やれることをやっていきたい。