温海地域で森林資源の循環利用を学ぶ〜山形県鶴岡市

農業体験を行った温海地域の「あつみかぶ」の畑からの眺め
農業体験を行った温海地域の「あつみかぶ」の畑からの眺め

 山形県の庄内地方南部に位置している鶴岡市は、東部から南部にかけ出羽丘陸や朝日連峰、摩耶山系の山岳丘陸地帯が広がり、北部は庄内平野、西部は日本海に面している。江戸時代には庄内藩の城下町として栄え、「食の都」として行事食・伝統食を継承するとともに、50種類の「在来作物」種を守り継いでいる。そして、地域が守り育てきた多彩な食文化を世界にもアピールしており、2014年12月には日本初の「ユネスコ食文化創造都市」に認定された。

 鶴岡市西南端の温海(あつみ)地域は、西は日本海に面し、三方は豊かな山々に囲まれ、海の幸と山の資源に恵まれた風光明媚な地域だ。地域内のおよそ9割が森林に覆われて、古くから山の斜面に火を入れ畑地を作る「焼畑(やきはた)農法」が行われている当地で、1次産業や農業実務を学ぶ農業体験研修を取材した。研修期間は11月24〜12月5日で、参加者4人(男性3人、女性1人)は、伝統野菜「焼畑あつみかぶ」の収穫作業やしな織作りなどを体験した。

持続可能な森林づくりを目指す

 今回、農業体験の受け入れ先となった温海町森林組合の五十嵐雅樹さんは、「温海地域にある約8100ヘクタールの人工林のうち、8割以上が主伐適齢期(50年)を過ぎた高齢林で、主伐と再造林に取組まなければ、今後木材生産量の減少や森林機能の低下などの悪影響をもたらしかねません。そこで、森林組合は森林所有者から伐採跡地を借り入れ、400年前からこの地域で続く焼畑農法を用いて、伝統野菜『焼畑あつみかぶ』を栽培し、その利益を再造林や保育に還元して人工林の若返りを進めています」と語った。

 また、農業体験を受け入れた経緯ついては、「地域の生産者は非常に少なくなっています。これから先、人口がどんどん減っていく地域でもあるので、農業や林業などに興味が持つ方々を受け入れることで、地域のアピールや移住者が来てくれるきっかけになればと思い、受け入れることにしました」と答えた。

農業体験研修会場の温海町森林組合
農業体験研修会場の温海町森林組合
インタビューを受ける温海町森林組合の五十嵐雅樹さん
インタビューを受ける温海町森林組合の五十嵐雅樹さん

伝統野菜「焼畑あつみかぶ」栽培で再造林へつなぐ

 農業体験中に、参加者たちは収穫前のあつみかぶ畑を訪れ、温海町森林組合の忠鉢春香さんのレクチャーを受けた。「この地域で、江戸時代から栽培を続ける『焼畑あつみかぶ』は、8月中旬の接種で10月中旬には収穫できる成長が早い伝統野菜です。木を伐採した後の山の斜面で育てています。また、その伐採跡地に残る枝葉を焼き、その灰を天然の肥やしにする『焼畑農法』を用いることで、化学肥料や農薬などを使わず、甘みや香り、そして歯ごたえの良いかぶが育ちます」と語った。今回は限られた研修期間のため、「焼畑農法」の体験はできなかったが、忠鉢春香さんが教えてくれた温海町森林組合のフェイスブックで、今年9月に行われた山焼きの様子を見ることができた。

 また、「焼畑あつみかぶを販売して得た利益は、その地への苗木植栽や保育費用などに充てられています。このように、収穫利益を林業への還元することで、伐採→焼畑あつみかぶ栽培・販売→再造林のサイクルを確立し、循環する新たな森林づくりに取り組んでいます」と、森林資源の循環利用について説明すると、参加者たちは「環境に優しい取り組みですね」とうなずいていた。

参加者にレクチャーを行う温海町森林組合の忠鉢春香さん
参加者にレクチャーを行う温海町森林組合の忠鉢春香さん
9月3日、温海地域で行われた山焼きの様子=温海町森林組合フェイスブックから
9月3日、温海地域で行われた山焼きの様子=温海町森林組合フェイスブックから

焼畑あつみかぶの収穫を体験

 農業の実務体験は、温海町森林組合OBの五十嵐義一さん(73)の指導のもと、朝8時ごろから杉の伐採跡地にあるあつみかぶ畑で、かぶの収穫作業を行った。研修当日は好天に恵まれ、町内の気温はそれほど寒くなかったが、森に入ると急に冷え込み、その寒暖差に参加者はみな驚いていた。参加者らは防寒対策をしっかりした上、かごを背負って山の斜面の登りながら、あつみかぶを一つひとつ丁寧に抜き取り収穫した。かごがいっぱいになると、参加者らは斜面下の平地に戻り、かぶをコンテナに移し、また斜面を登って行った。五十嵐義一さんは「山の斜面は非常に滑りやすいので、踵から着地してしっかり歩くのよ、安全第一ね!」と何度も参加者らに声を掛けた。

 五十嵐さんは温海地域で代々農業を営んでおり、今回の農業体験研修について、「うちも農家ですが、息子らは他の仕事に就いていて、農業をやる人は減っています。実際、ここにきて農業の体験をして、移住や定住を考えてほしいです」と語った。

 収穫作業が終わると、参加者たちは収穫したあつみかぶを軽トラックの荷台に載せ、温海町森林組合の研修会場に向かった。

収穫作業を指導した温海町森林組合・OBの五十嵐義一さん
収穫作業を指導した温海町森林組合・OBの五十嵐義一さん
急斜面の畑を登っていく参加者たち
急斜面の畑を登っていく参加者たち
収穫作業を行う参加者たち
収穫作業を行う参加者たち
山の斜面に栽培されている「焼畑あつみかぶ」
山の斜面に栽培されている「焼畑あつみかぶ」
あつみかぶが入ったコンテナを軽トラックの荷台に積む参加者
あつみかぶが入ったコンテナを軽トラックの荷台に積む参加者

あつみかぶの洗浄・出荷作業を体験

 収穫作業を終え、温海町森林組合の研修会場に戻った参加者たちは、昼休みをはさんで、収穫したばかりで泥だらけのあつみかぶの処理作業に取り掛かった。葉や根の部分を切り取って、屋外に置かれてあるかぶ洗浄用の機械まで運び、かぶの洗浄作業を行った。そして、汚れを洗い落としたあつみかぶを段ボールに詰めるなど、出荷準備の手伝いも体験した。朝早くから農業体験に励んだ参加者たちは、夕方になってやっと研修を終えた。少し疲れた様子も見られたが、笑顔を見せながら「充実した一日でした」と話した。

収穫後のあつみかぶの処理作業を行う参加者たち
収穫後のあつみかぶの処理作業を行う参加者たち
洗浄用機械を使ってあつみかぶの汚れを洗い落とす参加者
洗浄用機械を使ってあつみかぶの汚れを洗い落とす参加者
処理済みのあつみかぶを手に取って、参加者らに見せる忠鉢春香さん
処理済みのあつみかぶを手に取って、参加者らに見せる忠鉢春香さん
農業体験を終えて、温海町森林組合の人たちに一礼する参加者たち
農業体験を終えて、温海町森林組合の人たちに一礼する参加者たち

関川しな織センターを見学

 農業体験の翌日、参加者たちは鶴岡市関川地区の「関川しな織センター」を訪れ、古くから当地に伝わる日本の三大古代布の一つ「しな織」の工程を見学し、しな織コースター作りも体験した。

 参加者たちは、センター内のセミナースペースで、しな織の工程を紹介するビデオを鑑賞しながら、職員の五十嵐利往さんから説明を受けた。「古代から引き継いでいるしな織は、しなの木皮の繊維から糸を作り、さらにその糸で布を織ります。その工程はすべて手作業で、布になるまで約1年かかります」と話すと、参加者から「すごい」と声が上がった。その後、しな織に使う「いざり機」の展示スペースに移動し、しな織コースター作りにも挑戦した。

関川しな織センター
関川しな織センター
ビデオを鑑賞しながら、五十嵐利往さんの説明を受けた参加者たち
ビデオを鑑賞しながら、五十嵐利往さんの説明を受けた参加者たち
しな織コースター作りを体験する参加者たち
しな織コースター作りを体験する参加者たち

温海庁舎を訪問

 農業体験の研修中に、参加者たちは鶴岡市役所温海庁舎に招かれ、市職員の齋藤充さんと伊藤昌史さんから温海地域の概要や福栄活性化助け合い協議会の取り組みについて説明を受けた。また、「移住・定住の相談や空き家の紹介などを通じて、移住後の生活支援を行っています」と話しながら、「鶴岡市移住・定住に関する支援一覧」を手渡して、移住・定住後の支援策などについても詳しく説明した。参加者からも地域内の病院や毎年恒例のお祭りなどについての質問があり、担当者らはこれらに関しても丁寧に答えてくれた。

温海庁舎で担当者から説明を受ける参加者たち
温海庁舎で担当者から説明を受ける参加者たち

「焼畑あつみかぶ」を活かしたい

 2人の参加者に今回の農業体験研修に参加した経緯や今後の展望などについて聞いた。

佐藤美有希さん(札幌市出身、44歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

IT企業の組織マネジメント部で働いていましたが、会社を辞めて、農産物のサプライチェーンの会社を設立し、農産物を百貨店などに卸す仕事をやっています。この地域しか栽培していない「焼畑あつみかぶ」に興味があって、今回の農業体験研修に参加しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

(出身地の)北海道には焼畑という植物の栽培文化がないので、どうして焼畑農法をすることで農薬や肥料が必要ないか不思議でしたが、実際に研修に参加して理解を深めることができました。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

現在、「焼畑あつみかぶ」はお漬物のみ商品化されていますが、今後は甘味が強いあつみかぶを用いてジェラートなどの商品開発を行いたいと思っています。

インタビューに応じた佐藤美有希さん
インタビューに応じた佐藤美有希さん

匿名希望Yさん(大阪市出身、44歳)

―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。

元々1次産業に興味がありまして、実際の農業を体験したかったので、今回のプログラムに応募しました。

―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?

ずっと都会に住んでいましたが、ここにきて人の優しさや暖かさを改めて感じました。とても魅力的でした。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

実は役者の仕事をやっておりまして、今後地方に移住して自給自足の生活をしながら、自分の特技を活かして地域に貢献したいと考えています。

(了)

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