京都府の最北端に位置する京丹後市は、2004年に6町が合併して誕生した。丹後半島の大部分を占める当市には、日本海に面した丹後松島と呼ばれる風光明媚な海岸やユネスコ世界ジオパークに認定されている奇岩風景、日本最大級の閃光レンズを誇る経ヶ岬灯台などの豊富な観光資源があるほか、松葉ガニや京野菜の海老芋(えびいも)、丹後ちりめんの産地としても知られる。また、羽衣伝説や間人皇后、細川ガラシャとのゆかりなど、歴史的エピソードも多い。
京丹後市東部の宇川地区で、農業や鳥獣被害対策、地域創成を学ぶ現地研修を取材した。研修は21年11月18日から29日までのおよそ10日間で、参加者(男性2名)は、海老芋の出荷調整作業などの実務体験や鳥獣の食肉利用、地元マルシェの運営を学んだ。
害獣(鹿、イノシシ)のジビエ利用 食肉処理施設見学
京丹後市には、鹿、イノシシ、ニホンザル、ツキノワグマ、カラスほかの鳥類が多数生息し、農作物や生活環境の被害が深刻な問題となっている。市は害獣の捕獲を市内の猟友会に委託して埋設処理を進めてきたが、捕獲数の増加や猟友会会員の高齢化などによる猟師の減少が大きな課題となっていた。この解決策として、市は鹿とイノシシを食肉として有効活用しようと、直営の食肉処理施設を2010年に建設した。捕獲数の約2割を食肉用として処理。生肉を東京や大阪の料理店へ出荷するほか、市内の専門店を通じて販売している。
参加者は、食肉処理施設の「京たんご ぼたん・もみじ比治の里」で当日朝に搬入された大人の雄の鹿1頭を解体していく一次処理作業と、熟成庫で一定期間熟成した鹿の肉をロースやモモなどの各部位に切り分ける二次処理作業を見学。その後、座学で同施設のオープン当初より工場長を務める北村浩明さんから鳥獣対策の現状と同施設の運営について説明を受けた。
鹿は耕作放棄地の増加などにより生息数が増え、減少させるには京丹後市だけで年間4800頭を捕獲する必要がある。自分の畑の被害を防ぐため狩猟免許を取る農家もあるが、高齢化や猟銃所持に対する世間の認識の変化などハンターを取り巻く環境が厳しくなっており、資格を持つ人は減少している。食肉処理は、鹿とイノシシは保持する菌が違うので、安全性確保のため同一の機材を使用しないよう二系列の処理設備で運営している。肉は一定期間熟成した後、各部位に切り分けて冷凍庫で保管、順次出荷する。設備にはマイナス20度の冷凍庫、排水処理、浄化槽などがある。メンテナンスも定期的に実施しており、この施設では年間で約200頭の処理を行っている。
北村さんは、「この施設から出荷した肉は衛生管理の関係で賞味期限は1年としています。近年はコロナの影響で注文が減っていますが、首都圏の料理店に固定のお客さんもいます。調理方法は、カレーや焼肉、ソーセージへの加工、たたきなどが人気です。これからも高品質の生肉をできるだけ安く提供していきたいと考えています」と語った。
参加者からは、「ハンターの資格を取るには猟友会に入る必要がありますか?(回答:必要はないが、保険には団体でしか加入できない)などの質問があった。
地元猟友会とレクチャー後に交流
食肉処理施設の見学の後、京都府猟友会竹野郡支部の大江紘一班長と三野廣海さんから、座学で農作物に被害を与える鳥獣の捕獲対策の活動について説明を受けた。
鳥獣の捕獲方法は銃器とわなの2つで、それぞれ資格がある会員が対応。参加者が研修を受けている宇川地区では6人の同支部の会員が活動しているが、現状では資格を持つ人が増える見込みはなく、対策が必要になっているという。
捕獲はまずわなで行い、次に銃器を使用する。銃器を使う理由は、相手を苦しめず、人間の危険も回避するためだ。地名の由来となった宇川は、「宇川鮎」と称されるアユの産地として知られ、カワウが遡上(そじょう)する天然のアユを稚魚のうちから捕獲してしまう。ツキノワグマも丹後地方で990頭の生息が推定され、出没が問題になっている。今年、京都府からクマの捕獲の許可が出たが、クマはかむ力が強く大型のわなでも通用しない。イノシシはかむ力は強くないが、キバが鋭く、民家の敷地に侵入してきたイノシシに飼い犬が倒されたこともある。また、イノシシには豚コレラの感染の問題もある。そのほか、ニホンザルの被害も増えているなど、獣害は地域に大きな負担となっている。
大江さんは、「以前は宇川地区には鹿がいなかった。イノシシは多産系で鹿は一頭ごと生むにも関わらず、鹿がイノシシよりも急激に増えているのは、イノシシは草を食べないが鹿は草であれば何でも食べるという食料の事情がある。猟師の高年齢化と減少が問題で、今の状況だと捕獲者が減ってしまう。20~30代の方に是非資格を取ってもらいたい。捕獲は動物の命を奪うので辛い仕事だが、畑が荒らされるので誰かがやらなければいけない」と鳥獣対策の現状と苦労を語った。
参加者からは、「わなの資格をまず取りたいのですが、捕獲したあとの対応はどうすればいいですか?(回答:捕獲後は自分の責任で埋設まで対応しないといけない)」などの質問が出た。
座学のあとは交流会に移り、参加者には、猟友会と今回の研修のコーディネーターである宇川スマート定住促進協議会から、イノシシ肉の焼肉とイノシシ肉を野菜と一緒に煮込んだ汁、郷土料理の「丹後のばら寿司」(さばのそぼろ、かまぼこ、錦糸卵、煮たしいたけを酢飯と合えた料理)がふるまわれた。
地元マルシェ金曜市の運営
研修場所の宇川地区は高齢化と人口減少が深刻な問題となっており、19年には同地区で唯一のスーパーが撤退するなど厳しい局面を迎えている。
この状況を打開するため、地元住民が宇川スマート定住促進協議会を設立。大学のゼミと連携した地元産品を活用した加工品作り、移動販売車の運営、Uber(ウーバー:米国で開発されたスマホアプリを利用した配車サービス)のシステムを活用した住民ドライバー制度(名称:「ささえあい交通」)の導入による交通手段の確保などの事業を展開し、地域活性化を図っている。
同協議会が20年に始めた「宇川マルシェ」は、旧保育園の施設を活用し、地元住民が手作りした総菜や菓子、地元産の野菜や海産物を持ち寄って販売している。毎週金曜日に開催し、毎回50~60人が訪れる。訪問客は買い物を済ませると喫茶コーナーなどで歓談し、金曜市は地域のコミュニケーションの場の役割も担っている。
研修参加者は、市のオープン前に会場の清掃と設営、総菜の値札貼りや陳列などの準備を行い、オープン後は来訪者の受付やコロナ対策の体温確認、来訪者が購入した商品の清算などの業務を行った。「商品の値付けの体験は初めてです。難しいですね」(参加者の1人)。
同協議会の小林文博事務局長は、「金曜市はコロナの影響で中断したが、再開できてよかった。地元の主婦の皆さんや移住者の方など多くの方に協力していただいています。出品者は自分が育てた野菜や収穫した海産物、調理した総菜とお菓子を個人名で販売し、売り上げを増やそうと総菜は毎週内容を変えるなど工夫しています。市が終了すると商品は移動販売車で市内を回って販売します。協議会がこうした場を提供することで地元が元気になってくれることを期待しています」と語った。
安心して食べられる野菜を作りたい
2人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
千葉悟史さん(北海道札幌市出身、35歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
自然が好きで釣りや山菜取りをしていました。実家では家庭菜園もあります。就活サイトの一次産業の合同説明会に参加したことがきっかけでこの研修を知り、興味を持ち参加しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
農業は収穫に目が行きますが、鳥獣防護柵の設置の作業も行って、綺麗ごとだけではすまないと感じました。ますます農業をやりたいと思っています。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
農業は専業ではなかなか食べていけないので、Web制作や介護士、船舶の資格など自分が持っているスキルと組み合わせることで農業との関わり方の選択肢を増やしたいと思います。
下林次郎さん(京都府京都市出身、53歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
健康に関連した仕事をしていますが、自分が食べる日々の食品に栄養が不足していることを感じ、考えていくと農業にたどり着き、作物を育てたいと思うようになりました。この研修は移住スカウトサービスの会社の情報で知り、応募しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
大自然の空気の清らかさは絶対的な喜びにつながると実感しました。空が広く、大地に足をつけた感覚で深呼吸ができます。研修は内容がもりだくさんですね。農業は収穫までの準備にいろいろな作業が必要で、その結果が果実につながるということがよく分かりました。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
安心して食べられる野菜を作りたい。経済志向の野菜ではなく、健康を取り戻せる農業に携わりたい。生活の場所や畑をどうするか、具体的に考えていきたいと思います。
(了)