三重県の中央部、海に面していない多気町は周囲を山々に囲まれ、古くから農業が盛んな農村地帯である。伊勢本街道、和歌山別街道、熊野街道が通過する交通の要地としても発展してきた。
農業の主な品目としては、300年前にこの地で栽培が始まったとされる伝統野菜の伊勢いもを始め、みかん、前川次郎柿、松坂牛、しいたけなどの産地としても知られる。
今回の研修の受け入れ先である農事組合法人「元丈の里営農組合」では、6次産業加工施設を設けて、白菜をキムチに加工し、収益を上げている。
県内でも有数の一大農業公園、五桂池ふるさと村、地元の農産物を買える「おばあちゃんの店」、バーベキューやアウトドアを楽しめるロッジ、ドラマにもなった高校生レストラン「まごの店」など、食や農体験を中心としたレジャーにも力を入れている。
多気駅までは、名古屋からJRや近鉄でおよそ1時間半、のどかな里山と自然の恵み、歴史と新しい文化が交差する。
近年は、伊勢自動車道の勢和多気ジャンクションのすぐそばに、温泉から宿泊、飲食、産直品、薬草園、農場までが楽しめる一大リゾート施設「VISON(ヴィソン)」が誕生し、遠方からも多くの家族連れやドライブ客が訪れるなど、新しい町のにぎわいが生まれている。
今回の農業体験研修には、2022年1月17~28日までの12日間、就農や農村での生活に関心のある男女11人が参加。北海道、関東地方、福岡など全国から集まった25~55歳で、会社員、飲食業、主婦など職種もさまざまで、地元生産者と交流し、農作物の生産から加工、販売まで手掛ける6次産業化や、地域の特徴を体感しながら学んだ。
研修1日目は、まず西村彦左衛門の生家跡を拠点にした一般社団法人「ふるさと屋」の運営責任者・中西眞喜子さんから、同法人の活動について説明を受けた。
西村彦左衛門は江戸時代末期の人で、多気町の旧勢和村の地士(紀州藩が地域の有力者を士分に取り立てた身分で、多くは村役人として活動した)だった。勢和村は水利の悪い地域だったことから、彦左衛門は私財をなげうって農業用水と新田の開発を進め、地域振興に取り組んだ。
勢和地域では、築役300年の西村彦左衛門の生家を保存し、イベントスペースとして活用している。「ふるさと屋」は彦左衛門の志を受け継ぎ、彦左衛門が残した立梅用水の歴史・文化・地域用水機能などを地域資源として活用する活動を続けている。
2日目以降、参加者は波多瀬地区にある「元丈の里営農組合」が運営する農産物加工施設「元丈の里ゆめ工房」で、キムチづくり、大豆味噌作り、米粉のパンケーキ作りを学んだ。
座学では、高橋幸照組合長から同組合が60人で営農組合を作り、白菜、大豆、麦、米粉用の米の栽培に取り組み、同組合の「ゆめ工房」では減反で空いた農地を活かすため、キムチづくりや米粉利用に力を入れているというお話を聞いた。高橋組合長は、高齢化や人手不足を抱えながらも、地域への愛着と誇りを語ってくれた。
最終日には、「移住したくなる地域とは」と題したワークショップで、参加者がグループに分かれて発表し、地域の人と語り合った。
3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
細野愛さん(岩手県出身、36歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
以前は保健師をしており、健康相談をする中で、コロナ禍で高齢者の多くが運動不足になっていましたが、畑を持っている方は運動量を保てていると感じました。もともと農業に関心があり、コロナ禍の自粛中でも畑なら自分でもやれると思って、民間の体験農園を借りて野菜作りを始めました。楽しくて毎週通ううちに、野菜がどうできるかを知らなかったと気づきました。もっと食べ物の成り立ちを知る農業を学びたいと思い、参加しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
6次産業化の研修でキムチの新しいラベルをみんなで考えさせてもらったんですが、みんなで考えると活発な意見が飛び交い、半日でデザインを完成させることができました。そして、キムチにラベルを貼り、出荷された時は嬉しかったです。
立梅用水を作った彦左衛門さんの紙芝居では、高橋組合長が地域を誇りに思い、継承したい思いが伝わってすばらしいと思いました。そのほか獣害対策も印象的でした。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
食べ物はどうやってできるのか、消費者がその成り立ちを知るのが当たり前の世の中になってほしい。と思います。学校の教科に農業を加えるとか、教育にもっと取り入れたら、消費者の見る目も変わると思います。自分としては、いずれは農業や一次産業に携わり、里山での自然体験や古民家で物づくりをしたり、一つの仕事だけではなく、資格も生かしたりしながら暮らしたいです。
清水 久美子さん(東京都出身、51歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
電機メーカーに勤めていましたが、会社を辞めて今は主婦です。自宅では、家庭菜園をしています。これまでも、東京の檜原村でお茶栽培の手伝いや、調布の体験農園、府中のネギ農家さんをボランティアで手伝ったりする中で、農園に体験に来た子供たちが喜ぶ姿を見るのがうれしくて、もっと農業について学びたいと思っていました。キムチ作りにも興味があったので参加しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
多気町の人は皆さんやさしく親切でした。白菜の収穫体験では、大きさ、重さ、葉っぱの虫食い、出荷するための規格の厳しさに改めて驚きました。これだけやってこの値段では、農業を続けるのが厳しいのはよくわかります。なにかもっとできることはないか、自分なりに考えたいと思います。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
まだ農業についていろんなことを学んでいる段階ですが、もともと6次産業化に興味があり、多気町にしかないキムチなど、地域ならではものを作れたらよいと思います。
ATさん(兵庫県出身、39歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
調理師として15年以上、飲食店に勤めていました。もともと漁業の町に生まれ育ち、一次産業に興味があったことや、食の自給率が低いことに関心があり、参加しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
地域の暮らしに欠かせない立梅用水を実際に歩いてみて、代々地域を守ってきた人の力によって今、生かさせてもらっている大切さを肌で感じることができました。多気町は初めてでしたが、なぜか懐かしいと感じる雰囲気があり、定期的にまた来たいと思いました。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
農業や漁業など一次産業をレジャーのように体験するプログラムや施設の運営を考えているところです。小学校のうちに食育体験や、生きる力を養う体験で、食や一次産業を知る機会を増やしたいです。
(了)