遠野市は、岩手県中西部の花巻市と太平洋に面した釜石市との中間の内陸部に位置する。冷涼な気候が栽培に適し、ビール原料のホップの一大産地となっている。真夏には市内各所で収穫を待つ青々としたホップ畑が見られる。
美しい里山の風景が広がる当市では、農山村の暮らしぶりを体験し、地元の人と交流ができる農家民宿が20軒、体験民泊は100軒あり、グリーン・ツーリズムの盛んな地である。
また、柳田國男がカッパや座敷わらしなどこの地に伝わる逸話や伝承を記した「遠野物語」などによって、「民話のふるさと」として有名になった。市は「民話のふるさと」のキャッチフレーズを掲げ、民話とその背景となる伝統文化を主な資源として観光客の誘致を図っている。人口は2万4080人(2024〈令和6〉年9月30日現在)。
豊かな自然と文化遺産に恵まれた遠野市で、地域を盛り上げようと奮闘する認定NPO法人「遠野山・里・暮らしネットワーク」の活動を取材した。
NPO法人の設立
認定NPO法人 「遠野山・里・暮らしネットワーク」
「遠野山・里・暮らしネットワーク」は2003(平成15)年にNPO法人として設立され、16(平成28)年に認定NPO法人として認定された。遠野市を主なフィールドとして、「資源を生かした都市住民との交流の深化と移住の促進」「伝統文化・芸能・技術・技芸の伝承と進化と応用」「里地・里山における循環的な生活スタイルの再興と実践」―を柱に具体的な事業を行うことにより、社会全体の利益の増進に寄与することを目的にしている(同ネットワークHPより)。
現在、遠野市の中間支援組織として中心市街地の観光施設「とおの物語の館」内にある「遠野旅の産地直売所」(19〈令和元〉年開業)を拠点に、グリーン・ツーリズムや農泊の手配、市内観光のコーディネート、移住相談、SNSでの遠野の情報発信などを展開している。グリーン・ツーリズムと自動車合宿免許を連携させた取り組みは大きな反響を呼び、遠野の関係人口を飛躍的に増大させている。
以下に具体的なそれぞれの取り組みについて紹介する。
多彩なツアーを企画運営
「遠野旅の産地直売所」は、「遠野山・里・暮らしネットワーク」(以下山里ネット)のオフィスと「まち」「さと」「農家民泊」「住民との交流」「遠野らしいありのままの暮らしを体感」をキーワードにした旅のプログラムの案内所を兼ねた拠点。すでに知られている観光情報だけでなく、より深く遠野を知り、“人”と関わりたい観光客に向け、地元密着目線でプランされた多彩なツアーを提供している。
〈グリーン・ツーリズム×自動車合宿免許〉
山里ネットは、2004(平成16)年7月から遠野ドライビングスクールと協働事業を開始。グリーン・ツーリズムと自動車合宿免許を組み合わせ、自動車合宿免許参加者と農家民泊、体験事業者、遠野ドライビングスクールの橋渡しを行っている。参加者が免許取得後も宿泊した農家へリピーターとして来訪することも多く、遠野の関係人口拡大に多大な貢献をしている。
〈農村滞在型ワーキングホリデー〉
遠野では、農家で居候体験ができる「農村ワーキングホリデー」がある。参加者は長期間(最低3泊4日以上)、農家に宿泊。家族の一員として食事を共にし、仕事や家事を手伝う。仕事(農作業)は時期によって内容が変わり、参加者と農家の金銭のやり取りは無い。初めて出会った両者が、長期間の生活を通じて深い交流をすることになり、同ホリデー後も参加者はリピーターとなって遠野に来訪することも多い。
山里ネットは、受け入れ農家によって農作業の期間が異なるので参加者と農家の互いの条件をマッチさせるなどの役割を担っている。
〈視察・研修の受け入れ〉
同ネットは、地域外からの視察や研修の受け入れも随時受け付けている。
座学でのテーマは、「遠野のまちづくり」「東日本大震災後方支援の取り組み」「人材発掘による地域づくり」「遠野におけるコミュニティービジネス」「遠野のグリーン・ツーリズム」「中間支援組織『遠野山里ネット』の概要・資金調達」「地域活性化(農村RMO事業ほか)」など。
現場視察では、「遠野でのグリーン・ツーリズム実践現場(農家民泊、体験メニュー提供先)」「関連施設(道の駅、宮守川上流生産組合ほか)」などで行われる。
〈農家民泊・教育/修学旅行〉
農業を営む家庭に宿泊し、農村を体感しながら「暮らすように泊まる」遠野のグリーン・ツーリズムは、国内外の旅行者が宿泊する農家民宿の起業化、教育旅行や企業研修の受け入れが特徴で、幅広い層の受け入れを目指している。体験・体感型の修学旅行などの需要の高まりを受け2006(平成18)年に遠野民泊協会が組織され、行政と連携しながら受け入れを行っている。現在、同協会に加盟している体験民泊は100軒、このうち20軒が農家民宿を起業。山里ネットは運営全般を担当しており、同ネットは24(令和6)年度の農林水産省農泊インバウンド受け入れ促進重点地域(農泊の多様性とインバウンド実践可能性)、同省持続可能な農泊モデル地域(教育旅行から一般旅行者への農泊事業展開)に選定されている。
〈農村RMO事業の運営〉
市内の土淵町には、「カッパ淵」、伝承園、水光園、山口集落など遠野を代表する観光資源が豊富にあるが、遊休農地の活用や廃校利用、地元農産物の活用、過疎地域の活性化などの課題が山積している。これらの課題解決を図ることを目的に「土淵町農村活性化協議会」が設立され、農林水産省の農村RMO形成推進事業(注)の活用を開始した。山里ネットは、同協議会の事務局を担当し、各種事業の連携や新規農産物の導入、農泊事業の推進を行っている。
(注)農林水産省の農村RMO(農村型地域運営組織)形成推進事業は、「農用地保全」「生活支援」「地域資源活用」の三つのテーマで自立した収益事業に向けた取り組みを行い、農林水産省から交付金による支援を受ける。
【今後の展望について】
菊池会長
遠野市生まれの菊池会長は、(一社)遠野ふるさと公社事務局長、遠野市商工観光課長、産業振興部長、地域改革担当部長を歴任。現在、農水省ボランタリー・プランナー、東北経済産業局農商工連携伝道師、内閣府地域活性化伝道師も務める。
「遠野は、内陸部と太平洋側の交流地点として人や物資が集まるところで、昔から遠くから来た人を受け入れるところがある。また、神楽などの伝統文化、どぶろくやジンギスカンなどの食文化、新鮮な野菜、民話や歴史など多くの資源があるが、まだまだ生かし切れていない。農家レストランと産直を組み合わせるなどいろいろ模索し、これからも遠野をもっと発展させていきたい」