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南部杜氏が伝える酒造りの心を学ぶ―岩手県二戸市

南部杜氏が伝える酒造りの心を学ぶ―岩手県二戸市

二戸市のランドマーク・九戸城の本丸跡から二戸市街を望む
 岩手県二戸市は、県内陸部の最北端に位置し、青森県の南部町、三戸町、田子町と境を接している。面積は約420平方キロで、そのうち約9割を北上山地、奥羽山脈からなる山地、丘陵地が占める。
 市内の金田一温泉は江戸時代に南部藩の指定湯治場となり、神経痛、筋肉痛、疲労回復などに効果があるとされる。また、この温泉は気弱な少年が座敷わらしと交流する童話「ユタとふしぎな仲間たち」の舞台としても有名で、「座敷わらしと会える」ことをテーマにした温泉宿は、常に予約でいっぱいの人気だ。
 今回取材したJALふるさとワーキングホリデーの研修は、2023年2月19日~3月4日の日程で実施された。テーマは「関係人口の拡大」で、研修を通じて二戸市に関心を持つ人々を増やすことを目的としている。研修場所は、明治時代に同市で創業し、世界的にも高い評価を受けている酒蔵「南部美人」。5人の研修参加者は、ここで日本を代表する酒造りの技術集団・南部杜氏(なんぶとうじ)の直接指導を受け、農業とも関わりの深い酒造産業への理解を深める機会を持った。

 

岩手オリジナル米を使った酒造り

 日本酒は米、米麹、水を基本原料に製造される。酒蔵は、それぞれ原料と製法に特色があるが、二戸の南部美人は原料米にこだわりを持ち、現在は岩手県と県酒造組合が共同開発したオリジナル米「吟ぎんが」や「ぎんおとめ」を主に使用している。「吟ぎんが」は吟醸酒専用、「ぎんおとめ」は純米酒や本醸造用として生産されている。さらに、12年からは、大吟醸専用に開発された岩手のオリジナル酒造好適米(酒米)「結の香」を使った酒の製造も開始した。

 同社営業部の柴田翔さんによると、「どんな酒米が酒造りに適しているかという杜氏の感覚を、酒米を栽培している農家さんが十分に理解しているとは限らない。お酒を造る側と米を作る側がそうした情報を共有する必要がある」そうで、同社は地元二戸市の「金田一営農組合」と栽培契約を結び、常に情報共有をしながら酒造りを進めている。

 米粒の表層部には清酒の味に悪影響を与えるタンパク質や脂質、灰分、ビタミン類が多く存在するため、酒造りでは原料米の表層部をこそぎ落す精米を念入りにする必要がある。どの程度の精米をすべきかは、酒米の出来具合にもよることから、同社では契約先のコメ農家との関係を密にしているという。

南部美人本社の社屋。左手前は店舗と事務所で奥が工場。工場の屋根から酒米を蒸す際の蒸気が上がっているのが見える
南部美人本社の社屋。左手前は店舗と事務所で奥が工場。工場の屋根から酒米を蒸す際の蒸気が上がっているのが見える

酒造りの全工程を体験

 日本酒の製造は、まず原料の酒米を精米し、それを水に浸けて吸水させる。その後、水を含んだ米を蒸し、いったん冷やした上で、麹(こうじ)に加工する麹用、酒母の原料になる酒母用、醪(もろみ)の材料になる掛米(かけまい)用に分け、それぞれの工程に送る。

 麹用の米は、麹室で平らに広げ、適切なレベルまで温度が下がったところで「種麹」と呼ばれる麹菌を振り掛ける。麹菌が増殖してくると米の温度が上昇するが、温度が上がり過ぎると逆に菌が繁殖しにくくなる。慎重に温度調節をしながら、数日かけて麹を完成させる。

蒸した酒米は、麹、酒母、醪(もろみ)の工程に送る前に温度を下げなければならない。中央の機械が米を冷やす「冷放機」
蒸した酒米は、麹、酒母、醪(もろみ)の工程に送る前に温度を下げなければならない。中央の機械が米を冷やす「冷放機」

 酒母は、酒母用の蒸米に水、麹、酵母を加えたもので、アルコール発酵を促す作用を持ち、日本酒のベースになる。酒母に水と麹、掛米を混ぜ合わせ、タンクの中で発酵させたのが「醪」だ。醪は、一度に全量を仕込むのではなく、「初添(はつぞえ)」「仲添(なかぞえ)」「留添(とめぞえ)」の三段階に分けて水と麹、掛米の量を増やしていく。

 醪は出来上がるまで約2週間かかり、完成したものを搾って原酒と酒粕に分離する。原酒はさらにろ過し、火入れ(殺菌と品質劣化を防ぐための加熱)、割り水(アルコール度数を調整するための加水)といった工程を経て、ようやく清酒が完成する。大手の酒造メーカーの場合、自動化されている部分も多いが、南部美人は手作業にこだわっている。

 研修参加者は、こうした酒造りの全工程に参加し、作業の一部を担うことで、日本酒製造の実態を一から学んだ。

麴用の蒸米を広げ、種麹の増殖に最適の温度にする作業
麴用の蒸米を広げ、種麹の増殖に最適の温度にする作業

脱サラして酒米栽培に取り組む人も

 今回の研修に参加した5人は、20代から50代まで年齢層はバラバラだったが、酒造りに関わる仕事を目指している点は共通していた。このうち、神奈川県から参加した谷口修さん(37)の話を聞くことができた。

 谷口さんは酒造会社の営業職として働いていたが、「(お酒を)造る側になりたい」と考えて退職した。酒米の生産農家を目指し、この4月からは長野県で長期の研修を受ける予定だという。

 谷口さんは、「この研修では、普通は入れないような場所に入り、酒造りの実際の作業に参加できて、貴重な体験を得られた」と、研修の成果を強調した。目指しているのは酒造業ではなく酒米の生産だが、「酒造りの工程を学びながら、酒蔵がどんな米を求めているのか、その理由も含めて理解できた」と喜びを語った。

 南部美人は、生産者との意思疎通を深めることで、酒造りに最適の米が生産できる環境の構築を目指している。谷口さんが将来、今回の研修で得た知識を基に酒米生産者になれば、日本酒の品質向上という目的に一歩近づくことができる。

醪を熟成するための大型タンクをかきまぜる谷口さん
醪を熟成するための大型タンクをかきまぜる谷口さん

職場を用意することで人口減少に歯止めを

 今回のJALふるさとワーキングホリデーの目的は、地場産業である酒造業を通じ、二戸に関心を持つ「関係人口」を増やすことにある。

 二戸市は、2006年1月に旧二戸市と旧浄法寺町が合併して現在の市域になったが、合併時点の人口は約3万1500人だった。それが23年2月には約2万5000人と、17年間におよそ20%減ったことになる。

 16年に市がまとめた「人口ビジョン」によると、年齢別の人口動態は10代後半の高校卒業時に大きく減少し、その後20代前半の大学卒業の年齢から30代前半までにある程度は回復するものの、転出による減少数には及ばず、結果的に人口の漸減傾向が長く続いている。市では、この状況を「生まれ育った地域に戻りたいが、就職口がない」といった雇用の受け皿、選択肢の少なさが影響していると分析している。

 その一方、二戸氏の出生率は全国平均、岩手県平均をいずれも上回っており、「子育てがしにくい」といったマイナス面はないかとがうかがわれる。つまり、就職口の選択肢を増やすことができれば、若い世代を呼び戻し、人口減少に歯止めをかけられる可能性があるのだ。

研修参加者とJALの担当者、南部美人の従業員の皆さん
研修参加者とJALの担当者、南部美人の従業員の皆さん

 二戸市役所で今回の研修を担当した商工観光流通課の屋代圭介さんも、「都市部からの移住・定住を促す上で、『職場がある』というのは大きなアドバンテージになる」と語る。南部美人は酒造業だが、農業だけでなく、商工業や流通業など他産業と多彩な関わりがある。JALふるさとワーキングホリデーを通じて、「二戸で働く」ことを認識してくれる人が増えれば、関係人口が定住人口へ移行していくビジョンも見えてくるはずだ。

(了)

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