《関係創出先進事例集》株式会社設立で地域ビジョンを実現するえーひだカンパニー-島根県安来市

市内比田地区の稲田風景 稲穂が美しい

島根県安来市比田地区

比田地区は、市の中心部から南西の方向に約35キロ、車で約1時間の距離にある。標高約300メートルの盆地にあり、主な産業は農業で稲作が中心。地区内には棚田が随所にあり、静かで里山の風景が道路に沿って続く美しいところだ。寒暖の差が大きく、水と空気が新鮮な当地の米は「比田米」と呼ばれ、味が良いと評判。島根県出雲地方は古来より日本の伝統的な製鉄方法が伝えられ、当地区に全国の鍛冶屋が守護神として信仰する金屋子(かなやご)神社の総本社がある。
地区内には、三つの行政区と二つの交流センター、小学校と保育所が一つずつある。人口は906人(2024〈令和6〉年4月末)。地域活性化に奮闘する「えーひだカンパニー株式会社」を取材した。

株式会社の設立

比田地区の棚田風景

えーひだカンパニー株式会社の誕生

2004(平成16)年当時、地区には中学校1校、小学校2校、保育所2施設があったが、統廃合が進み、現在こども園が1施設、小学校は1校となっている。人口減少に歯止めがかからず、「しまねの郷づくり応援サイト」(島根県地域振興部運営)によれば、比田地区の人口は2040(令和22)年には現在の半数以下の477人に減少すると推計され、高齢化率は70%になるという。
地域の存続が危ぶまれる状況に直面し、「えーひだカンパニー株式会社」現取締役の田邊裕子さんをはじめ危機感を感じた有志が集まり、プロジェクトチームを結成。15(平成27)年に「いきいき比田の里活性化プロジェクト」がスタートした。田邊さんは、「(地元の)東比田小学校がなくなったときにますます子育て世代が減っていくことに強い危機感を感じました。人口推計もショックでした」とチーム結成のきっかけを話した。
プロジェクトチームは、最初に比田地区全体の方向性を示す地域ビジョンを作成するため、全世帯(中学生以上)を対象に個人用と世帯主用の二つのアンケート調査を行った。「10年後あなたは比田に住んでいると思いますか?」「家の農業を10年後どうしたいですか?」などの質問に約90%の回答があった。ビジョン作成のヒントに県外の地域づくりや多角的な農業経営の先進地(兵庫県の農業生産法人など)も視察し、ビジョンづくりの気持ちを高めようと、世代別や地域全体(全世代)のワークショップを実施した。集まった1469のアイデアを優先度や実現可能性などの観点から88に絞り込み、16(平成28)年に「比田地域ビジョン」が完成した。
このビジョンを実現させるため、任意組織を経て「えーひだカンパニー株式会社」が17(平成29)年に誕生。構成員72人(平均年齢48.1歳)のスタートだった。「事業の制約がなくやりやすいし、責任が明確になる。社会的な信用度も格段に上がりましたね」と田邊取締役は株式会社化のメリットについて語った。
現在、総務部、生活環境部、比田米プロジェクト部、ひだキッチン部、地域魅力部の5つの部署がそれぞれ担当するビジョンの実現に向けて活動している。「ひとりひとりが自分の得意な分野を生かせる部に所属しています」(田邊取締役)。
経営理念は、「自治機能と生産機能の発揮による“地域ビジョンの実現と『えーひだ』”の創造」。「自立した地域づくりを計画的に行っていく」(野尻ちさと取締役)。会社名の「えーひだ」には、“今日も、明日も、えー日だ(比田)と言える比田に!”とのメッセージが込められている。
こうした地域を盛り上げる活動が評価され、「平成30年度ふるさとづくり大賞(団体表彰)」(総務大臣表彰)を受賞している。

田邊取締役(左)と野尻取締役

中山間直接支払交付金の一本化

耕作放棄地の転用

地域ビジョンの1つに中山間直接支払交付金の一本化がある。現在、比田地区内で同交付金を活用する19組合のうち13組合を四つの統合協定にまとめ、その協定の事務や加算措置に関する取り組みを担当し、申請手続きや書類作成、会計処理を行っている。

農用地保全関連の事業としては、
①JAからの水稲の育苗作業の受託
②高齢化に対応した田畑管理を請け負う水稲栽培事業
③生産者の負担軽減を図る草刈り事業
④耕作放棄地や使用しにくい畑をそば・小麦などへ転用
―などを行っている。

えーひだカンパニーが耕作を請け負っている稲田

ラジコンの草刈り機を使った草刈り事業

ソバの栽培に転用した畑 これから種まき(信濃一号)が始まる

地産の酒米で日本酒造り

地産商品を直営市場で販売

地産食材を使った商品の開発も地域ビジョンの一つ。比田米プロジェクト部が酒米作り、総務部が酒蔵との交渉や各種手続き、ひだキッチン部が商品開発など、各部が力を結集し推進。安来市内の蔵元で酒米の「縁(えにし)の舞」を仕込んだ地酒を製造し、「たたらの舞」と「たたらの風」を販売している。
また、比田産のそば粉を使用した「たたらそば」、小麦粉で作った「たたらラーメン」なども開発。地域魅力部が運営する市場の「え~ひだ市場」や比田郵便局、スーパー、道の駅などで販売され、ふるさと納税の返礼品としても取り扱いをしている。
新しい取り組みとして、耕作放棄地のドジョウの養殖池への転用がある。えーひだカンパニーの川上義則社長は、「ドジョウは安来のブランド。この資源を活用しないともったいない」とドジョウの養殖を開始した思いを語った。

え~ひだ市場で販売されている地産の商品の数々

耕作放棄地をドジョウの養殖池に転用

温泉宿「湯田山荘」を運営

県外から多数の利用客

えーひだカンパニーは、地区内の温泉施設「湯田山荘」を運営するため、子会社の「えーひだドリーム」を2022(令和4)年に設立。体験型宿泊施設として、比田地区の特性を生かしながら年間を通じてさまざまな体験ができる施設を目指している。同施設は以前より湯治湯として知られ、県外から利用客が多数訪れている。川上社長は「(この施設の運営を通じて)関係人口を作り、比田の魅力を体験、発信し、住につなげていきたい。また、比田のすべての価値を高めて活性化させていきたい」と抱負を語る。
同山荘ではリニューアルオープン後宿泊客が増えており、その理由を田邊取締役は「出雲地方は神在月(11月)があり、(オープンに)合わせて施設のホームページを一新し内装もきれいにしたこと、リラックスルームを充実させたこと、1泊2食付きで1万円という価格設定」などが功を奏したのではと語る。

湯田山荘外観(えーひだカンパニー提供)

比田地区の冬の銀世界の眺め(同上)

今後の展望について
川上義則代表取締役に聞く

川上義則社長は、比田地区で唯一のスーパーマーケットと食堂を経営している。食堂では、比田米を使った定食が食べられる。川上社長に比田地区の現状とえーひだカンパニーの今後について聞いた。

スーパーと食堂を経営していると地域の経済事情がとてもよく分かる。人口減少と高齢化の問題は重い。コロナの影響も非常に厳しかった。みんなで頑張っているが、今の世代が頑張ってどう次の世代につなげていくのか、これが大きな課題。
2034年の「しまね郷づくりデータ」(島根県運営)では、比田の人口は680人、高齢化比率(65歳以上)は58.5%、20~30代女性比率は3.7%。10年後は今以上に厳しい人口減少と若年齢層比率、出生率減少のデータが出ています。人口を維持することは相当なエネルギーと時間を必要とします。でも幸福な地域づくりを一つのテーマとし進めて行けば、地域住民が幸せとなり安心して住み続けられる持続可能な田舎社会が実現できるのではないでしょうか。プチ幸せを積み重ねて行けば魅力ある誇れる地域ができ、そこに幸せを求め人が集まる地域創りを行いたいと思います。そして、互いに切磋琢磨(せっさたくま)できる地域づくり組織が多く誕生することを願っています。

川上社長 経営するスーパーマーケットの前で

川上社長が経営する食堂の比田米を使った定食

地域紹介「島根県安来市」
比田地区のある安来市は、島根県の東端に位置し、鳥取県との県境である。人口は35174人(2024〈令和6〉年11月末)。市の魚は、ドジョウ。古代出雲の中心だったとも言われており、古代より「たたら製鉄」と呼ばれる製鉄方法が盛んだった。市内の足立美術館は近代日本画の横山大観コレクションと日本庭園で知られ、特に日本庭園は海外での評価が高い。国内外から多数の来訪者があり、大きな観光資源となっている。大正から昭和時代初期に全国で大ブームを起こした民謡の「安来節」は、江戸時代に当地で誕生した。

安来市庁舎