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漁業と漁師の魅力を掘り起こす―広島県福山市内海町

漁業と漁師の魅力を掘り起こす―広島県福山市内海町

天守の外観が復元された福山城 日本100名城の1つ
天守の外観が復元された福山城 日本100名城の1つ
内海町と本土をつなぐ内海大橋
内海町と本土をつなぐ内海大橋
研修生の宿泊施設から眺める瀬戸内の夕暮れ(愛媛県方面)
研修生の宿泊施設から眺める瀬戸内の夕暮れ(愛媛県方面)
 広島県福山市は県最東部の備後地域に位置し、人口は約45万人と県内では広島市に次いで2番目に多い。気候は瀬戸内海式で降雨量が少なく、JR福山駅近くの福山城は徳川家康のいとこにあたる水野勝成が築城。2022(令和4)年の築城400年を機に天守の外観などが復元された。市内には世界最大級の製鉄所があり、重工業都市の一面も持つ。南端の鞆の浦には古い町並みが残り、島々の情緒ある景観は国の名勝と国立公園に指定されている。
 研修地の内海町田島は福山市最大の島で、中心部より南西に20キロの位置にある。1989(平成元)年に内海大橋が完成し本土とつながった。島の人口は約1300人。古来より瀬戸内海航路の要地で、江戸時代は北前船の交易港として栄えた。
 主な産業は漁業。近年漁獲量や消費量の減少傾向が続いており、内海町の漁業者と住民有志が連携し、「UTSUMI FISHERMANS FEST(ウツミ・フィッシャーマンズ・フェスト)」の実行委員会を結成。漁師と消費者をつなぐイベントの開催など町の活性化に取り組んでいる。
 内海町田島でウツミ・フィッシャーマンズ・フェストの活動や漁師、漁業の魅力を掘り起こす現地研修を取材した。研修は2023(令和5)年の9月と11月の2回に分けて実施された。11月の研修は21日~23日までの3日間で、プロボノワーカー(スキルを生かしてボランティア活動をする人)の男性3人が参加。地域住民や漁師たちと課題解決のワークショップやカキの収穫、ノリ養殖の現場見学などのメニューをこなし、研修体験から得た材料を基に3カ月後に課題解決に向けた提案を行う。
研修地の朝の箱崎漁港
研修地の朝の箱崎漁港

「ウツミ・フィッシャーマンズ・フェスト」の活動

 漁業が中心の内海町は、春は定置網漁、秋冬はノリ養殖や底引き網漁、一年を通してカキの養殖が行われているが、温暖化や栄養塩不足などの環境の変化により漁獲量が減少。家庭で魚を調理する機会も減っており、こうした状況を克服しようと内海町の漁業関係者や住民有志が連携し、「ウツミ・フィッシャーマンズ・フェスト」実行委員会を結成。
 福山市まちづくりサポートセンター長の中尾圭さんは、同フェストの活動について、「内海町の漁師たちの取り組みやおいしい魚を食べる楽しさを知ってほしい、内海町の主産業である漁業がこの先も誇れる仕事であってほしいという思いで始まった活動です。これまでのやり方を含め都市部の人の第三者の視点から、(フェストに取り組む)団体の魅力発見や活動方針の作成を支援してほしいという団体からの希望でプロボノワーカーの協力を依頼しました」と研修の趣旨について語った。
内海町の名所クレセントビーチ ウツミ・フィッシャーマンズ・フェストのイベントが開催された
内海町の名所クレセントビーチ ウツミ・フィッシャーマンズ・フェストのイベントが開催された

ワークショップ(1日目)

内海町の漁師らしさとは?
 初日のワークショップでは、研修生の菊池信孝さんが進行役を務め、前回(9月)の研修で漁師へのヒアリングで確認した「内海町の現状」を前提に、「きょうとあすはどこに向かって進めばよいか、という未来志向の話をしたい。きょうは『内海町の漁師』らしさとは何かについて。あすは誰に協力してもらいたいかを話し合いたい」(菊池さん)とテーマを明示。漁師2人を含む地域住民4人と一緒に議論を進めた。
 最初にどの職場にも必ずいそうな個性豊かなキャラクターが描かれたカードが参加者に配られ、それを材料に一緒に仕事をしたくない人はどういう人か、なぜ嫌かなど理由をそれぞれ出し合った。
 一緒に仕事をしたい人では、「最後まで頑張れる」「食を大切にできる」「おだやか」「成果が出ないことに固執せず過程も大事にする」「それぞれの意見を合わせていく」などが挙がり、それらを「楽しむ心」「行動力」「向上心のある人」「助け合い」など8グループに分類し、何を大切にしているかを共有した。
 菊池さんは「きょうは内海町の人が感じていることを言語化し、可視化した。あすはこれをどう具体的な行動につなげるかを考えましょう」と総括し、初日を終えた。
紙の付箋にキーワードを記載し進行していく
紙の付箋にキーワードを記載し進行していく

ワークショップ(2日目)

協力者の見える化を
 2日目は、漁師3人を含む地域住民5人が参加し、研修生の中山迅一さんが進行を務めた。最初に「きょうは参加者が思っていることを話し合うステージです。まずこの地域にどんな人が関わってほしいか具体的に挙げてください」(中山さん)と提案し、議論に入った。参加者からは、「近隣漁協」「地元メディア」「大学」「イベントに来てくれた人」「ボランティア」「LINEやメルマガ登録者」「協賛企業」などが候補に挙がった。
 続いての「ここへどんな人を連れて来たいか、誰に働き掛けたいか」の問いには、「近隣漁協」「地元の人」「魚を買ってくれる人」「行政」「学校給食関係者」「内海町を語れる人」「活動の趣旨に賛同し参加してくれる人」「インフルエンサー」などの候補が挙がり、必要とする協力者を“見える化”して共有した。この2回の議論で確認された内容を基に提案書が作成される。
 最後に今回のワークショップで気付いたことについては、「若い世代が魚を使うような工夫が必要」「子どもに魚のことを教えないと」「地元のラジオ局などで年間を通して発信できないか」などの意見が出された。
来てもらいたい人を具体的に挙げていく
来てもらいたい人を具体的に挙げていく
ワークショップが行われたマルコ水産の本社
ワークショップが行われたマルコ水産の本社

漁業体験

カキの収穫とノリ養殖の作業現場を見学

カキの籠を引き上げ港へ
カキの籠を引き上げ港へ
 漁業研修ではまず、研修生は田島の箱崎漁港から地元の水産会社「マルコ水産」営業部長の兼田寿敏さんが操縦する船に同社スタッフ2人と共に同乗し、カキ養殖の現場に向かった。養殖場で収穫期を迎えたカキが入った籠を引き上げ、いったん港へ帰還。籠ごとフォークリフトに載せて同社の作業場へ運び、機械による洗浄や人手による殻の付着物を取り除く一連の作業を見学した。
フォークリフトで作業場へ運ぶ
フォークリフトで作業場へ運ぶ
洗浄機で泥などを取り除く
洗浄機で泥などを取り除く
 続いてはノリ養殖の育苗装置の撤去作業を見学した。取材当日は天候に恵まれ、爽やかな秋晴れの下、兼田さんの操船で漁港から約10分の養殖場へ到着すると、海底に固定するための器具につながったロープと浮きで作った装置が海上に浮かんでおり、装置の撤去作業が行われていた。兼田さんによると、これはいかだにノリの網を張る浮き流し式と呼ばれる栽培法で、有明海など浅い海は支柱に網を張って栽培するという。「この時期は育苗(ノリの芽を大きくする)作業が終わり、不要となった装置を撤去しています。ノリ養殖はこうした収穫以外の器具の設置や撤去、メンテナンス作業に多くの労力がかかります」(兼田さん)。
ノリ養殖場へ向かう 奥が兼田さん
ノリ養殖場へ向かう 奥が兼田さん
養殖場へ到着
養殖場へ到着
柵を撤去する作業を見学
柵を撤去する作業を見学
船上でノリの養殖についてレクチャーを受ける
船上でノリの養殖についてレクチャーを受ける
 漁業研修の最後は、マルコ水産の会議室で兼田さんから内海町の漁業の現状や課題を伺った。
 祖父が始めた60年の歴史があるノリ養殖業の後継者で「3代目海苔師」を名乗っている兼田さんは、「ノリの生産者としては、おいしいと思ってもらいたいというのがまずあります。1枚100円で売っているが、値段が高くてもおいしいと思う人がいれば市場価値は高くなります」とノリ養殖への思いを熱く語る。
 兼田さんはウツミ・フィッシャーマンズ・フェスト実行委員会のリーダーの1人。研修生の菊池さんに「この活動にとって何が一番大事ですか?」と問われると、「長く付き合っていけるファンづくりです」とした上で、「売るものが変わってもお客さんが付いてくれていれば何の問題もありません。今は地域課題の有効な解決策はないが、多くの人がその課題を知ることで状況は変わってくる。今の流通規模だと食べていけないのでファンを作りたい。これはそのための取り組みです」と活動への理解者を増やす大切さを説いた。
座学で内海町の漁業の現状と課題を聞いた
座学で内海町の漁業の現状と課題を聞いた

研修を振り返る

 最終日は、研修生3人が依頼元である福山市まちづくりサポートセンター長の中尾さんとともに今回の研修を振り返った。
 研修生からは「2回目の研修で現状の理解が追い付いてきた」「内海町のキャッチコピーは『海とおいしいをつくる、100年先も』でどうか」「漁業の作業はほとんどがメンテナンスで収穫は5%。収穫以外の作業も伝えていきたい」「魅力的な地域」といった意見などが出され、中尾センター長は「(研修生が)漁業と関わりたいと思ってくれたことは新鮮です」「田島の漁師は気さくで明るいので接客に向いていると思います」などの感想を述べた。
 成果物については、「短期と中期のロードマップがいい」「活動の素材として使ってもらえるものを提供したい」「複数年度の計画があった方がいい」「今後どういう関わり方をしていくか模索したい。漁協の人と話したい」などのアイデアがあり、最後にリーダーの菊池さんが「内海町と関わって半年後に最終提案書を出すことになる。皆さんの役に立つ提案書を出したい。これからも中尾さんと一緒に考えていきたい」と話し、すべての研修を終えた。
研修を振り返った
研修を振り返った

研修生に聞く

提案に向けて

 研修生3人は、今回の研修を通して収集した「内海町の資源や魅力」を整理し、3カ月後に成果物(提案書)を提出する。

菊池 信孝 さん(37歳) 兵庫県在住

―食に関する仕事をしている。以前から交流のあるサービスグラントの方から今回の研修を紹介された。食と漁業、課題解決型の研修内容が自分の仕事と合致しており、参加した。理事として参画している別分野のNPOの代表である中山迅一さん、横山宗助さんも誘った。
―田島は観光地化されておらずローカルが残っているのが魅力。私の仕事の観点からも可能性を秘めていると思う。漁師の方からノリやカキの養殖を教えてもらい自分たちの活動に参考になる体験をさせてもらった。
―(漁師の皆さんの)事業者の集まりという組織形態の活動に生かせるビジョンを作り たい。

横山 宗助 さん(45歳) 兵庫県在住

―デザインの仕事をしており、地域を元気にするNPO法人も主宰している。まちづくりに興味があり、一緒に関連の事業をやっている菊池さんから声を掛けてもらい参加した。
―今回は2回目の来訪でFESTの活動だけでなく漁師さんがそれぞれ目指している仕事を聞くことができて立体的に見ることができた。
―2回の訪問ではまだ微力でインパクトがないのでこれからも継続してコミットしていきたい。また今回の体験を地元の水産業者の方の支援に生かしたい。

中山 迅一 さん(39歳) 兵庫県在住

―友人が山口県で漁師をしておりタコ漁の経験があり、漁業に関心があった。
―漁師の仕事を見たかったので面白かった。カキの籠を引き上げるなど内海の漁師の仕事を見ることができてよかった。漁の現場だけでなくさまざまな漁具やフォークリフトを扱う様子も参考になった。
―内海の漁師の方々がやりたいことを整理し、参考になる提案書を提供したい。好きな海に貢献したいと思う気持ちを確認できた。自分が個人としてできることを探したい。
研修生の皆さん
研修生の皆さん
宿泊先近くの「備後ピザ」で昼食に内海町のカキを使ったピザを堪能
宿泊先近くの「備後ピザ」で昼食に内海町のカキを使ったピザを堪能
(了)
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