栃木県大田原市は、栃木県の北東部に位置し、鮎釣りで知られる那珂川などの水源に恵まれた地にある。那須野が原扇状地の広大な平野では、米、トウガラシ、ネギ、イチゴ、ギンナンなどの農業や畜産業が盛んだ。かつては下野国の豪族・大田原氏が築き、そのまま近世大名としての居城となった大田原城の城下町として栄えただけでなく、奥州街道の宿場町としても知られる。「平家物語」に登場する那須与一や「奥の細道」の松尾芭蕉ゆかりの地など、歴史的名所も多い。
里山の風景が美しい当地で、農家民宿に滞在しながら1次産業や地域交流を学ぶ現地研修を取材した。研修は2021年10月30日から11月1日までと11月12日から15日までの計2回のおよそ1週間で、参加者(男性3人女性3人)は、ギンナン、イチゴ、野菜栽培の実務を体験した。
豊富な水と肥沃で広大な平地
大田原市には、那賀川、箒川、蛇尾川の3つの一級河川が流れている。また、那須連山から広がる扇状地の肥沃な広い土壌に恵まれ、栃木県内でトップクラスの生産高を誇る米、アスパラやうど、トウガラシ、ネギ、トマト、ギンナンなどの野菜、イチゴなどの果物が栽培されている。
新江章平さんは、ギンナン栽培歴22年。170~180本のイチョウの木が植えられている畑を計10面所有し、「藤九郎」などの品種を栽培している。ギンナンの栽培を始めたのは、大田原市の木がイチョウだったことがきっかけだという。ギンナン以外には米やソバも栽培している。
新江さんは、「イチョウは生命力が強く枝が伸びるのが早い。高所で枝を切り、接ぎ木をしながら育てます。ギンナンの実は生のままでも食べられて甘酸っぱくて美味しい。出荷は10月から12月にかけて。ハクビシンやタヌキが食べに来るので注意が必要です。収穫は地面に落ちた実を拾うので人手がいり、多くの人に助けてもらっています」と栽培と収穫の苦労を語る。
イチゴ栽培歴50年の松本満男さんは、新品種の「スカイベリー」の栽培に取り組んでいる。「スカイベリー」は、栃木県が誇る人気品種「とちおとめ」に加え、福岡県産のライバル品種「あまおう」に負けないイチゴとして期待されており、甘く粒が大きいのが特徴だ。
松本さんは、「『スカイベリー』は若い品種で気難しく、栽培方法はまだ安定していないのでしばらくは模索が続きます。1つの株に7~8の白い花が咲いたら5つ残すようにしています。時間はかかりますが、『あまおう』に負けない品種にしたいです」と栽培の苦労と抱負を語った。
農家民宿でサトイモ収穫
瀧田歌子さんが経営する農家民宿では、サトイモ、サツマイモ、ハクサイ、ショウガなどの野菜を栽培し、宿泊客に提供している。農業の実務体験では、研修参加者は瀧田さん所有の畑で、瀧田さんの指導の下、サトイモを収穫し、水が入った大きい容器で収穫したサトイモを丁寧に洗う作業を行った。
「農家民宿は大田原ツーリズムさんから誘いがあり始めました。修学旅行で中学生がたくさん来てくれます。子供はかわいいです。台湾など外国の高校生も来てくれて、その縁で台湾に行って歓迎を受けました。こういう交流ができて民宿を始めてよかったと思います」と農家民宿の楽しさを語る。
イチョウ畑でギンナンの収穫
新江章平さんが所有するイチョウ畑で参加者はギンナンの収穫作業を行った。170~180本のイチョウの大木が並ぶ光景は壮観で、参加者は収穫の時期を迎えて地面に落とした大量のギンナンを拾い集める。「作業は立ったりしゃがんだりの繰り返しで腰が痛いですが、実際の農業体験ができてうれしいです」と参加者は話す。
イチゴ畑で手入れ作業
栃木県はイチゴの生産・販売額で全国一位を誇る(栃木県HPより)。参加者は、松本満男さんが「スカイベリー」を栽培するイチゴ畑で、松本さんの指導の下、花の間引きなどの手入れ作業を行った。「『とちおとめ』はいい品種です。『スカイベリー』は若い品種で栽培方法はまだ安定してませんが、どの品種も生まれてしばらくは苦労します。『あまおう』に負けない品種にしたいですね」と松本さんは話す。
地域を盛り上げる農業をしたい
6人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
山田優さん(東京都出身、24歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
現在、転職活動中で、農業の道に進むということよりも田舎の暮らしが見てみたかったというのが正直なところです。今回は母がこの農業研修を見つけて参加するけど一緒に来ないかと誘われ、参加することにしました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
想像していた田舎の暮らしを実際に体験してすごく嬉しかったです。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
今後、実際に農業や田舎暮らしをする予定はありませんが、ずっと都会で暮らしていたので、田舎で農家の方々がどのように暮らしているのかを知ることが自分自身の成長になると思っています。
松田太郎さん(仮名:横浜市出身、22歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
農大に通っており、大学で農業のプロジェクトに参加した際に農業の魅力を知りました。野菜を実際に収穫して自分たちで調理するというプロセスがすごく面白くて、関連サイトなどいろいろ調べるうちに、今度のプログラムを見つけて参加することにしました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
農業の仕事をがっちりするのかと思っていましたが、「菊祭り」など地域の行事のお手伝いにも参加することができ、農業だけじゃなくて地域の取り組みにも積極的に参加しなければいけないと気づかされました。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
こちらでサトイモや大根掘りなど野菜の収穫体験をさせていただいて、地元に帰って家庭菜園でもいいので自分でも野菜を育ててみたいと思いました。そしてゆくゆくは地方移住も考えていて、そこで農業に携われる仕事をしたいと思っています。
森本美沙子さん(山口県出身:大阪府在住、40歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
「第一次産業ネット」サイトで、今回の農業研修プログラムを知り、参加したいと思いました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
私の実家は元々兼業農家だったので、このような田舎の生活が懐かしく、とても良いなと思いました。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
現在、移住先を探して、全国を転々と回っています。本業は占い師で、オンラインで仕事ができます。専業農家はやはり難しいですが、兼業農家として自分たちが食べる分を作りながら、郊外で暮らしたいと思っています。あとは移住先を決めるだけです。
上村慧さん(大阪府出身、19歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
将来農家になりたいと思っていて、農業現場を体験したくてこのプログラムに応募しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
民泊のお母さんと一緒に町のいろいろなところに出かけていき、ここの魅力をたくさん教えてもらいました。いいところだと思いました。そして、農業体験で訪れたイチゴ農家さんが教えてくれたイチゴの栽培に関する話が最も印象に残りました。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
現在、大学の農学部に通っていますので、卒業後いずれ独立して観光農園や地域を盛り上げる農業ができたらいいなと思っています。今回の体験を今後に活かしていきたいです。
山本啓介さん(仮名:横浜市出身、60歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
ネットの「あぐりナビ」で今回の研修を知りました。体が動かなくならないうちに農業や田舎暮らしをしたいと思っており、勉強するために研修に参加しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
ギンナンの収穫は体力的にかなりしんどかったですが、サトイモや大根掘りなど実際に農業に触れて充実感を感じています。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
農業はかなり大変だという自覚を持って農業に携わっていきたいと思います。
山田恵子さん(東京都出身、52歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
ネットの「あぐりナビ」を見て今回の研修を知りました。東京を離れ、自給自足の生活をしてみたいと思っており、研修に参加しました。娘も誘いました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
この地域に触れられるし、田舎暮らしができて満足しています。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
午前中は野菜作り、午後は別の仕事のような生活をしたいと思っています。
(了)