和歌山県の中西部に位置する由良町は、紀伊水道に面した風光明媚な港町だ。町の西側にある白崎海岸は、白い石灰岩と海の青のコントラストが美しく、古くは万葉集にも詠まれた。「日本夕陽百選」、「日本の渚百選」にも選定され、映画「溺れるナイフ」(菅田将暉、小松菜奈主演)の舞台にもなった。同町のシンボルであり、大きな観光資源となっている。
同町の農業は果実の栽培が大きな柱で、温州ミカンの一種「ゆら早生(わせ)」は当地のミカン畑で生まれた。甘みとコクが特徴で人気があり、今では全国ブランドに成長した。
また、町内の興国寺は、金山寺味噌としょうゆの発祥の地と言われている。近年は、町内の飲食店で提供されているあんかけのちゃんぽんを「由良ちゃんぽん」に名称を統一し、新たな観光資源として売り出している。
由良町で、1次産業を学ぶ現地研修を取材した。研修は2021年11月1日から7日までのおよそ一週間で、参加者(男性4人、女性4人)は、「ゆら早生」の収穫、オレンジの袋掛けや肥料やり、選果場の見学など農業の実務を体験した。
温州ミカンの人気ブランド「ゆら早生(わせ)」発祥の地
令和2年度の和歌山県のミカンの収穫量は全国の22%を占め、都道府県別では1位(農林水産省HP)の生産量を誇る。和歌山県の中でも由良町は、黒潮が近くを流れる一年を通して温暖な気候に恵まれ、ミカンの栽培が盛んな地域だ。町内の三尾川地区で誕生した温州ミカンの極早生(ごくわせ)の新品種である「ゆら早生(わせ)」は、果実内の薄皮が柔らかいので味が濃く感じられて甘みも強く、全国ブランドとして有名になっている。
「ゆら早生」が誕生した同町三尾川地区で、専業の農家を営む数見隆一郎(かずみ・りゅういちろう)さん(45歳)は、5ヘクタールのミカン畑で温州ミカン、晩柑、セミノールなどの品種を栽培している。数見さんは、農家としては7代目、柑橘の栽培では3代目という先祖代々からの専業農家だ。
「ゆら早生は高い評価をもらっていますが、木が大きくならないので収穫量を確保しにくく、育てるのが難しい品種です。ミカンの敵は、サル、カラスなどの動物、ひょうや台風の影響など多いですが、最大の天敵はゴマダラカミキリムシです。木の中に卵を産み、幼虫がはい回って穴を開けます。サルに1つの畑の実を全部食べられたこともあります。苦労も多いですが、おいしいミカンを作りたいという思いで頑張っています。お客さんから“こんなおいしいミカンは食べたことがない”と言ってもらえるのが励みで、来年も頑張ろうという気持ちになります。多くの人の力を借りて『ゆら早生』をまだまだ増やしていきたいです」(数見さん)
座学、選果場見学、温州ミカンの収穫体験
参加者は白崎海洋公園の施設内で、座学を受けた。由良町産業振興課の福村優希(ふくむら・ゆうき)さんと今年から同町に入った地域おこし協力隊の武田青空(たけだ・そら)さんが、由良町の紹介や同町の農業、移住の取り組みについて丁寧に説明してくれた。
農業の実務体験では、町内の選果場で、収穫した温州ミカンの選別作業を見学。選果機を使用して手作業でミカンを大きさや形、色、傷や斑点の有無などでクラス分けする行程を見ながら、実際に作業にも加わった。ミカンの収穫体験では、ミカン農家の数見隆一郎さんの農園で数見さんの指導を受けながら温州ミカンの「ゆら早生」などの収穫を行った。
「選果は女性の方が向いていると思います。人にはそれぞれ個性があるので、その個性にあった農業の仕事があるはず。農作業を希望する人は多いので、受け入れ側が宿泊場所などを整備すれば、もっと多くの人に来てもらえるのではないかと思います」(数見さん)
参加者からは、「農業体験は初めてですが、とても楽しい」「作業が毎日続くとエンドレスに感じてしんどいと思いましたが、単純作業は頭がクリアになります」「農作業は新鮮で楽しい」などの感想があった。
福村さんと武田さんに研修最後に催された参加者と関係者の交流会で今後の展望を伺った。
「由良町としては、極早生の『ゆら早生(ゆらわせ)』の発祥の地として、『ゆら早生』のブランディングに力を入れています。同じ和歌山県内で有名な有田みかんや湯浅の田村みかんには生産量が及ばないので、極早生の中でも甘みが強い『ゆら早生』を強く売り出し、それに続く感じでハッサクや晩柑を売り出していきたいと考えています」(福村さん)
「地域おこし協力隊の任期が終わる3年後には由良町でミカン農家として就農を希望しており、今は数見農園さんから休耕地を貸してもらって実務指導を受けています。ミカン栽培は米と違って土地と苗があればできるので、参入しやすいと思います」(武田さん)
由良町に移住したい
3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
早川秀子さん(東京都出身、55歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
今回の研修は「九州のムラ」のHPで知り、応募しました。2年前に会社員を辞め、今は埼玉県の農家の手伝いをしています。地方に移住して自給自足の生活がしたいです。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
農作業がとても楽しくて東京へ帰りたくないです。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
由良町で仕事が見つかればすぐにでも由良町に移住したいです。
伊藤京子さん(大阪府出身、40歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
移住先を探していて、「九州のムラ」のHPから応募しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
農家の方から直接ミカンや消費者への思いを聞き、同じ思いで農作業ができたことは貴重な体験でした。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
今回の体験を生かして自然と都会をつなぐ農泊のような事業をやりたいです。自宅から由良町は近いので次回の収穫に誘われたらまた来たいです。
江村哲也さん(大阪府出身、49歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
今回の研修は「九州のムラ」のHPで知り、応募しました。もともと植物を育てるのが好きで家庭菜園もやっています。農泊は初めてです。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
曜日が分からなくなるぐらい毎日が充実していてすがすがしい気持ちで働いています。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
由良町への移住を考えています。これからも由良町との関係を続けたいので呼んでもらえれば毎週末でも来たいです。
(了)