大分県北部の宇佐市は、国東半島の付け根に位置し、海浜部、平野部、山間部と多様な地勢を有する都市だ。この地勢とそれぞれの気候や風土により、米、麦、ネギ、タマネギ、豆、ブドウ、ドジョウ、スッポンなどの多様な産物が生まれ、加工品の麦焼酎やワインなどの生産も盛んにおこなわれている。
神亀2(725)年創建と伝わる宇佐神宮は、およそ4万社ある全国の八幡宮の総本宮で、古来より全国の信仰を集めてきた。火山活動で生まれた奇岩の風景や作家の司馬遼太郎氏がその眺めを絶賛した安心院盆地など美しい風景にも恵まれ、観光資源となっている。
宇佐市は農泊が誕生した地としても知られており、市内に現在約50件の農家民宿がある。また当地は1人当たりの鶏肉消費量が多く、からあげ専門店発祥の地として市内にからあげのみを販売する店が多数ある。
宇佐市で、地域交流を学ぶ現地研修を取材した。研修は2021年12月13日から16日までと24日から26日までの合計およそ一週間で、参加者(男性4人、女性3人)は、しめ縄づくりや郷土料理の調理を通じた地域交流を学んだ。
ブドウ栽培に適した安心院盆地の気候 農泊発祥の地
宇佐市南東部の安心院(あじむ)町はたびたび早朝に深い霧が発生することからも明らかなように、朝夕の気温差が激しく、ブドウの栽培に適している。宇佐市のHPによれば、同町は標高120から330メートルの丘陵地帯に造成されたブドウ団地を中心に、栽培面積160ヘクタール、約170戸の生産者が年間1300トンものブドウを生産する広大なブドウの産地である。
同町の専業ブドウ農家の宮田精一さん(75歳)は、50年前からブドウ栽培を始め、現在は3ヘクタールのブドウ畑で、巨峰、シャインマスカットを育てている。干しぶどう、ブドウジュース、ワイン、ブドウジャムなどの加工品も販売している。宮田さんが25年前に始めた農家民宿「王さまのぶどう」には今回の研修生も宿泊した。
「巨峰の果実の味は濃厚で美味しいが、栽培は難しく、3年に1回思うようにできればいい方ですね。シャインマスカットは巨峰より淡白な味ですが、アイドル的な人気があります。露地栽培なので寒さが天敵です。寒さで収穫できなかったときは辛いし、思うように収穫できたときはやはりうれしいですね。農泊が誕生した安心院町で、名産のブドウやスッポン料理を堪能してほしいと思います。農泊は空き家対策や内需拡大にも貢献します。日本でもっとグリーンツーリズムが普及することを願っています」と、宮田さんは農業と農泊への思いを語ってくれた。
しめ縄作りを学ぶ
宇佐市安心院町の深見地区は、美しい里山が広がるところだ。今回の研修のコーディネーターでもあり、同地区の活性化を目的として結成された深見地区まちづくり協議会(会長:林禎紘)が指定管理者として運営している「宇佐市地域交流ステーション」で、参加者はしめ縄作りを学んだ。
まず参加者は、地元で「しめ縄名人」と呼ばれる講師3人(うち2人は90歳前後)からしめ縄の由来と基本作業の説明を受け、床に積み上げられたわらの山から自分が使うわらを集めた。しっかりとした形のよいわらを一定の量を確保すると、「しめ縄名人」に提示された目標作品を見ながら作業に取り掛かった。参加者の中にはしめ縄作りの経験者もおり、それぞれ自分なりの作品を完成させた。
しめ縄名人から、「わらはしっかりした編みやすいものを選んで、はかまという細く不要な穂を取ってください。40本ずつぐらい束ねるといいです。わらは柔らかくしないとうまく編みこめませんよ。量が少ないと思ったときは追加しても構いません。ねじるときは強く」などの指導があった。
参加者からは、「わらのはかまを取る時は、わらの根の方を上側に持つと取れやすいですね」「初めて作ったのに最後に飾りを付けると本物のしめ縄に見えます」「家に持って帰って飾るのが楽しみ」などの声が上がった。
郷土料理の調理を学ぶ
安心院町深見地区の郷土料理の実習体験は、しめ縄作りと同じ「宇佐市地域交流ステーション」の調理室で行われた。参加者は、地元の女性講師陣から、地元名産のシイタケやネギ、サトイモ、ゴボウ、ニンジンなどと中力粉を練って伸ばしたものを煮込んだ「だんご汁」と、大分県の郷土料理「とり天」(調味料に漬け込んだ鳥のモモ肉を衣で揚げたもの)の作り方の指導を受けた。
「大分県名産のシイタケ、サトイモ、ニンジンをだんごと煮込むとおいしいですよ。味付けはみそとしょうゆ。鶏肉の消費量も多く宇佐はからあげが有名になりましたけど、からあげは自宅で食べるもので郷土料理としては昔から『とり天』でしたね。味付けはニンニク、砂糖、しょうゆです。小麦粉だけでかたくり粉は使いません」(講師陣)
参加者は、だんご汁の煮込みの様子や具材を入れる順番、「とり天」の揚がり具合などを講師陣に確認しながら作業を進めた。料理が完成すると、すでに調理済みの同じく地元の郷土料理である「みとりおこわ」(地元特産の「みとり豆」を使ったおこわ)と安心院町内のワイナリーで生産されているワインゼリーを一緒に並べ、会食場所へ配膳。参加者と講師陣で会食し、交流を深めた。
具体的に移住を進めたい
3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
山口秀司さん(奈良県出身、53歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
体調を崩して治療方法を模索していたときに玄米ご飯のおにぎりを食べました。健康によくてとても美味しい。食生活から自分の体を変えようと思い、農業に関心を持つようになりました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
ちゃんと農業をしているところにいるとそれだけで気持ちがいいです。農泊の女将さんもとてもよくしてくれますし、この地は人情が温かいですね。お願いして食事に地元名産のドジョウやスッポンを出してもらいました。ありがたいです。恵まれた研修だと思います。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
妻と二人で玄米菜食の店をやり、自分の農地で作った野菜を出したい。起業の勉強も始めました。病気をしたことでこういう目標を持つことができました。
山口真弓さん(奈良県出身、50歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
夫と一緒に農業を勉強しようと思い参加しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
ここは地元の方たちが気さくで温かいですね。25年間の農泊の活動の積み重ねと成果を感じます。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
主人と玄米菜食のカフェを開きたいと思っていますが、休日以外は開けておかなければいけないので予約が無い場合は農泊のように別の活動をすることも考えています。農泊という選択肢もあることがここにきて分かりました。
竹上香さん(岐阜県出身)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
田舎暮らしをしたくて移住先を探しています。大分県も気になっていて移住登録もしており、情報をもらっていました。コロナもあり、なかなか来られませんでしたが、今回大分で研修があると知り、応募しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
手作りされた研修という印象です。いろいろな体験をできました。地元の人と交流できただけでなく、風土も知ることができて有意義です。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
大分県も含めて具体的に地方への移住を進めたいです。
(了)