富山県魚津市は県東部に位置し、人口は約3万9000人(2024〈令和6〉年9月)。富山湾沿岸から蜃気楼(しんきろう)が見えることで知られ、魚津港近くには特別天然記念物の3000年前の杉の埋没林がある。市内の山岳地域、扇状地、富山湾で水資源循環が完結しており、世界的にも珍しい。「たてもん祭り」はユネスコの無形文化遺産に登録され、ホタルイカやベニズワイガニなどの海産物も有名。当地は米騒動発祥の地でもある。
一般社団法人日本ウェルビーイング推進協議会主催の「TUNAGUプロジェクト 」(一次産業ワーケーション®)の実地研修を取材した。今回のテーマは「祭り」。
研修は24(令和6)年の8月1~4日までの4日間で、11人(男性5人、女性6人)が参加。魚津市役所のオリエンテーションや水資源循環遺産の見学、植林の下草刈りの林業体験、たてもん祭りの準備と山引き、町内会との交流などの研修メニューを通じ、地域との交流を深めた(取材は1、2日に実施)。
魚津市役所によるオリエンテーション
研修生はまず座学で、魚津市役所からたてもん祭りと水循環のレクチャーを受けた。
たてもん祭りは市内の諏訪神社の夏季祭礼で、2016(平成28)年に「山・鉾・屋台行事」の中の1件として、ユネスコの無形文化遺産に登録された。人口減少や少子高齢化による引き手不足が課題で、1998(平成10)年よりボランティア「たてもん協力隊」の募集で引き手を確保している。研修生は引き手として魚津を応援する。市教育委員会塩田明弘係長は「山引きには担ぎ手と引き手があり、担ぎ手は技術が必要。皆さんには引き手として力を貸してもらいます」と話した。
魚津市は、直線距離約25キロメートルの一つの街で水循環が完結する稀有(けう)な地域。標高2400メートル以上の山岳地帯に降った雨や雪は、水深1000メートルの富山湾まで河川や地下を流れ、海水は蒸発し雨や雪になる。市は「魚津の水循環」に関わるものを「魚津市水循環遺産」として選定・登録している。市生活環境課小林孝仁課長は「水循環は優れた水質と豊富な水量を提供し、魚津の環境や農作物の生育を守っています。販売中の地下水が原料の『うおづのうまい水』も好評です」と水資源の豊富さを説明した。
水循環遺産を見学
座学の後は、3件の水循環遺産(全31件)を見学した。砂防堰堤(えんてい)は、片貝川などの急流河川から土砂が下流に流れ出さないよう整備されている。片貝川の両岸には円筒分水槽があり、川の地下に設営されたサイホンを通じて貝田新地区から東山地区へ送水されている。研修生は各所で小林課長の説明を受け、仕組みを学習。東山円筒分水槽では、湧き出る豊富な水量と透明な水質に驚いていた。
町内会との交流
研修初日の最後は、たてもん祭りに山を出す町内会との交流会に参加した。会には、村椿晃魚津市長夫妻や魚津たてもん保存会の住和克博会長をはじめ町内会の幹部が参加。研修生は地産の食材を使った料理に舌鼓を打ちながら、地域の人と交流した。研修主催者の(一社)日本ウェルビーイング推進協議会の島田由香代表理事は会の冒頭で、「地元の人とコミュニケーションをとり、自分のウェルビーイングの向上を意識しながら魚津に貢献してほしい」と研修生にエールを送った。
林業研修 「たてもんの森」の草刈り
林業研修は、「たてもんの森」での草刈り。この森にはたてもん祭りの山の部材を将来地元の木材で賄おうと、スギやヒノキ、ケヤキを植樹している。これらの樹木の下には葛のつるなどの植物や雑草が生い茂り木々の成長を妨げるため、草刈りを定期的に行っている。
研修生たちは、元消防士で20ヘクタールの山林を所有する米農家の雛形逸夫さん(80歳)の指導の下、炎天下草刈りに励んだ。道具は雛形さん所有の山林用の鎌で、通常の鎌より柄が長い。雛形さんは「熱中症にならないように。アブやアシナガバチの繁殖期なので、来たら鎌で払ってください」とまず自分の身を守ることを伝え、「下草刈り用の鎌は長いので、他の人とは4~5メートル離れて作業してください。草刈りの基本は鎌を右から左へ動かし、斜め上に進むこと」など作業上の注意点を指導した。
研修生は定期的に日陰で休憩しながら、約1時間半、草を刈った。多くの研修生は鎌での草刈りの経験はなかったが、「新鮮で面白い」「なかなかできない体験」と楽しそうに作業を続けた。草刈りの後は、魚津歴史民俗博物館で魚津の歴史を学習した。
たてもん祭りを応援
祭りの由来
たてもん祭りは、海の神に大漁を祈願したことが始まりとされ、江戸時代中期より300年の歴史がある。毎年8月初旬の2日間、諏訪神社の氏子の町内から7基の山が参集し、順番に境内で引き回される。勢いよく回転させるところが祭りのハイライト。名称は、捕った魚を諏訪神社に奉ることから「たてもん」になったと言われる。
山あげ(組み立て)
たてもんの山は、車輪のないソリ形をした台の中心の高さ15メートルの柱に80~90個の提灯やぼんぼりを全体が三角形の形になるように飾り付けられる。提灯などの絵柄は町内で異なり、組み立てる際にろうそくを取り付ける。
研修生は諏訪町2区と同5区の二つの町内に分かれ、それぞれのリーダーの指示の下、山の台や部材を諏訪神社近くまで運び、組み立てに参加した。台の重量は5トンあり、相当な人力が必要。研修生は懸命に力を合わせて押し、移動させた後は部材を台に合体させ組み上げた。
祭り本番 山を引き回す
組み立てられた7基の山は提灯のろうそくに火がともされ、祭礼の開始を待つ。始まると7基の山は神社の境内にくじで決められた順番に入り、台を回転し奉納。研修生たちは山の引き手として参加し、与えられた持ち場で山を押し神前で台を回転させた。回転はかなりの速度で、控え綱(転倒防止用)の持ち手が飛び跳ねるように回るところが最大の見せ場だ。奉納が終わると、山ごとに社殿で清めのおはらいを受けた。午後8時半に始まった行事は同11時半頃に終了した。研修生は「外部の人ではなく(町内の)一員として扱ってもらえてうれしい」「祭りを通じて地元の人と交流できた」「貴重な体験」と感想を伝え合った。
研修生は翌日のたてもん祭りにも引き手として参加。研修最終日には山を片付け、「せりこみ蝶六街流し」(富山県を代表する民謡“せりこみ蝶六”を唄い踊る祭り)の踊り手になるなど、魚津滞在中、祭りを通じ終始地元との交流を図り、関係人口としてにぎわいを創出した。
研修生に聞く
貢献したい
江戸 義和さん(44歳) 横浜市在住
水産学部卒業で自然環境や海が好きなことから1次産業に携わりたいと思い、TUNAGUプロジェクトに参加しました。
まさに共創の世界があることを知ることができました。特に今回は原始的かつ伝統的な地域の祭りに触れ、日本の祭り文化の素晴らしさを学びました。
おそらく今回のTUNAGUプロジェクトのメンバーほど、県外・市外・町外の人が祭りの中に入り込ませてもらえたことはないと思うので、体験で得た温度感と学びを生かした「魚津まっつり応援団」の在り方を事務局の方と一緒に創りたいと思います。
川澄 香奈恵さん 茨城県在住
人と触れ合う旅が好きで、全国の地域の魅力を知りたいです。
今回の研修のキーワードは「祭り」。祭りが好きなので参加できてうれしい。地元の要望と私がやりたいことが合ってとてもよかった。
また、旅やTUNAGUプロジェクトを通じて全国の魅力もたくさん感じる事が出来たので「茨城と全国をツナグ」をテーマにこれからも活動を続けていきたい。
今年の秋に水戸で開業する「旅するスナック」(イナック社が全国で展開する移動型のスナック)でママになる事になりました。自分の好きなもの「旅」「スナック」「茨城」が一緒にそろうので、いろいろチャレンジしていきたい。
農家の実家で作った野菜を使った料理を出してみたい。いろいろな世代や地域の方の交流の場になればと思う。
永濱 晋一郎さん(45歳) 沖縄県在住 福岡県出身
今回の一次産業ワーケーションによって、公私にわたって活動している地域課題解決のヒントが隠されているのではないか、この研修の体験で気付いたことを地元に還元すればよいのではと思い参加しました。
一棟貸しの施設にて研修生みんなで宿泊しているが、それぞれの得意なところが自発的に提供されてとてもよい環境です。