《関係創出先進事例集》「高松第三行政区ふるさと地域協議会」の奮闘-岩手県花巻市

花巻市庁舎

花巻市内を流れる北上川の眺め 当地出身の宮沢賢治が命名したイギリス海岸

岩手県花巻市
岩手県の花巻市は県の中西部に位置し、気候は内陸性気候により寒冷である。夏季はフェーン現象の影響で気温は30度を超えるが、冬季は北上盆地にあるため、放射冷却が効きやすく、零下20度近くまで下がることがある。
市西部の豊沢川沿いには、東北有数の温泉地である花巻温泉郷がある。詩人、童話作家の宮沢賢治は花巻市の生まれで、作品中に登場する架空の理想郷に岩手県をイメージしてイーハトーヴと名付けていることは有名。市内には詩碑をはじめ同氏ゆかりの地が多数あり、県の内外から多数の観光客が訪れている。また、花巻市は、日本三大そばの一つといわれる「わんこそば」発祥の地でもあり、当地には岩手県を代表するモチーフが多い。
近年は花巻東高校野球部出身の大谷翔平、菊池雄星両選手が米国の大リーグで活躍し、地元を大きく盛り上げている。
花巻市内の高松第三行政区で、「農業」「福祉」「交流」を柱に地域の活性化に奮闘する「高松第三行政区ふるさと地域協議会」を取材した。

岩手県花巻市高松第三行政区の概要

花巻市高松第三行政区は、JR新花巻駅から南東方向に車で10分の距離にある中山間の農業地域で、 68世帯、166人(2022〈令和4〉年3月末)の小規模行政区である。同区内には、平良木(ひららき)、母衣輪(ほろわ)、内高松の3集落があるが、商店、スーパー、コンビニなどはない。高齢化率は45%以上で、独り暮らしの高齢者と高齢者のみの世帯が40%を超える。近年、人口減少、高齢化や米価下落による農業所得の減少による離農、耕作放棄地の増加が顕著で、コミュニティー機能も脆弱化している状況にある。また、シカ、イノシシ、ハクビシンなどの獣害も多い。

「高松第三行政区ふるさと地域協議会」の設立

区内の全66世帯が参加

人口減少と高齢化が進行し、農業所得が低迷。公共の交通機関がなく、高齢者の通院や買い物が難しい。「このままではこの地域が消滅してしまう」との危機感を抱いた高松第三行政区の住民6人が設立発起人となり、2008年(平成20)年6月に「高松第三行政区ふるさと地域協議会」が区内の全世帯(66世帯)を会員とした任意組織を立ち上げようと設立総会を開催した。
設立総会では、参加者全員から「なぜ新しい組織を作るのか。今までの組織の活動で十分」「失敗したときの責任は誰が取る」などの反対意見が続出したが、「発起人が責任を取る」と説得し、設立に至った。

活動に行き詰まり地域活性化伝道師や大学教授の指導を受ける

協議会は設立後に郷土芸能の伝承や景観形成、耕作放棄地対策などの活動を続けていたが、成果をなかなか上げられなかった。設立2年目に活動に行き詰まり、花巻市在住の内閣府地域活性化伝道師の志村尚一氏に相談。以下の3点が必要との指摘を受けた。①「このままではいけない」という住民の意識改革②地区の将来ビジョン(実践したい未来のありたい姿)③ビジョンを実現するため行政など多くの団体と「協働」する。また、同アドバイザーから紹介された岩手県立大学社会福祉学部教授の指導により、活動のテーマを「農業」「福祉」「交流」とし、「ふるさと交流福祉計画」(ビジョン)を策定。農福連携による地域づくりが具体的に動きだした。
同協議会の熊谷哲周(くまがい・てっしゅう)事務局長は、「約150人の行政区では全員が参加しないと事業が成り立たないため、ビジョンを作る際のアンケートも小学1年生から寝たきりのおじいさん、おばあさんまで対象に調査した。ワークショップは、8歳から85歳まで参加した」と話す。また、「田舎は自分の意思をはっきり示す場が少ないので、(協議会の)役員を中心としたネットワークの中で課題を掘り起こすことを継続的にやってきた」という。

地域課題解決に向けての取り組み

【農用地の保全】貸農園で交流

協議会が会員から遊休地の活用を依頼されて共同管理を始めた貸農園(17区画)が好調で、さらに2か所の貸農園を現在準備中。貸し出しを開始した際には移住者からの申し込みがほとんどだろうと予想されたが、受け付けると地元の農家からも借りたいとの要望も多く、17区画の利用者の約半分が地元住民ということに。
「(畑がある住民からの申し込みは)予想外でした。この農園では他の農家や移住者と交流ができるし、ある地元の農家の主婦の方は『ここに来れば人と会話ができる』『農業が初心者の移住者や地区外の人から“先生教えて”と呼ばれ、自分の農業の知識が役に立った』と喜んでいました。希望者が増えてきたので新しい貸農園を手配しています」(熊谷事務局長)

貸農園と看板

【地域資源の活用】
福祉農園 遊休農地6次産業化 景観形成

協議会では、会員が所有する遊休地を「福祉農園」として活用している。里山に自生している樹木(ガマズミ、ナツハゼ)の苗を植栽し、実が熟す9月下旬から約1カ月の時期に区内の高齢者や障害者、児童たちが手作業で収穫を行っている。“あなたが子どもの時に食べた木の実は何ですか?” をテーマにワークショップで何を植えるかを相談。栗やアケビなどホワイトボードに書ききれないほど候補が挙がったが、「酸っぱいものは健康にいいのでは」という意見が決め手になり、ガマズミ、ナツハゼに決まったという。また、他の遊休農地では、サツマイモを栽培している。

収穫されたガマズミとナツハゼの実は花巻市内の食品加工会社でゼリーに加工され、特産品として市内の産直市場で販売されるほか、年2回、特産品を配送する「ふるさと宅配便」で地元を離れた同地域の出身者らに届けられている。毎年100個以上を売り上げ、サツマイモは干しイモに加工・販売されている。加工品の売上高は、150万円~160万円(年)と安定して推移しているという。

熊谷事務局長は、「木の実の収穫は機械化できないので、作業の中心は60歳から80歳代の高齢者。90歳代の高齢の女性も重要な人手として活躍しており、この福祉農園は高齢者と農業を結び付けることができました。お年寄りも子どもと交流できるし、参加者はみんな笑顔で作業をしてくれます。子どもたちも楽しそうです」とうれしそうに語った。この福祉農園では、交流人口が0人から2200人(2023〈令和5〉年)に増加している。

福祉農園全景 ガマズミとナツハゼが植栽されている

福祉農園のガマズミの実

福祉農園のナツハゼの実

ガマズミとナツハゼのゼリー 1個税込み120円で販売

景観整備がもたらす移住者、関係人口の増加

協議会は地域の景観も重要な資源という認識から、地域づくり活動が始まった2008(平成20)年以降、名勝や旧跡の整備保全にも力を注いできた。区内の平良木地域の猿ケ石川の右岸にある立岩は、切り立った岩場と茂る樹木が織りなす景観が美しいが、手前の河川敷のうっそうとした木々や草が眺望を邪魔していた。地域住民が長期間にわたる作業で取り除き、景観が復活。その景観を求めて移住する人も出てきた。

「紅葉や積雪の風景も素晴らしく、県外からも観光客が来るようになりました。立岩は貸農園からよく見えるのでこの景観を見ながら農作業ができます」(熊谷事務局長)

移住者を含め、こうした地域全体で集落の風景を取り戻す活動が評価され、20(令和2)年に同協議会は第15回「住まいのまちなみコンクール」(一般財団法人住宅生産振興財団など主催)で最高賞の国土交通大臣賞を受賞した。

景観が保全されている猿ケ石川の立岩

地元自治会が立てた立岩の案内板

【生活支援】外出支援 独居世帯の見回り、配食サービス、除雪

地域内の生活課題の解決に向けては、志村アドバイザーからの助言「個人の“困った”は、やがて地域の“困った”になる。早めの対策を」を忠実に実行している。
2015(平成27)年に住民から協議会へ「母を病院に連れていきたくても仕事が休めない」とのSOSがあり、農林水産省の交付金を活用し、通院や買い物などの足がない交通弱者を対象とした自動車による外出支援を16年から(平成28年)から2年間、社会実験を行った。18(平成30)年以降は花巻市介護予防・日常生活支援総合事業として継続し、初年度には122件の利用があり、地域インフラとして定着した。
20(令和2)年からは、中山間地域等直接支払制度第5期対策・集落機能強化加算を活用し、 ① 外出支援の対象者拡大 ② 配食サービス(見守り活動を含む)拡充 ③ 除雪支援開始 を行っている。協議会はこの制度のほか、「農福連携支援事業」(農林水産省) 、「高齢者生きがい活動促進事業」(厚生労働省)などの制度も活用している。

病院への通院や買い物などの「外出支援」、見回りを兼ねた「配食サービス」に使用される協議会の車

「人を幸せにする環境を作りたい」志村地域活性化伝道師

協議会を設立当初より支援してきた内閣府地域活性化伝道師の志村尚一(しむら・しょういち)氏(花巻市在住)に取り組みへの思いを聞いた。
「地域を活性化する際に必要なことは、人を幸せにする環境を作りたいという強い思いとそれを諦めないという覚悟だと思います。共通の課題を解決するには、地域の皆さんのそれぞれの思いや事情に個別に寄り添うことが大事。そして人と人が感謝でつながること。お互いを尊重し合い、共に生きる『共生型地域コミュニティー』を構築しなければいけません」。

「移住者は貴重な人材」熊谷事務局長

協議会設立から17年。これまでの成果と今後の抱負について熊谷事務局長に聞いた。
「『福祉農園』や貸農園、景観形成の活動で関係人口が飛躍的に伸び、このところ毎年述べ1800人が当区を訪れ、立岩では、かなり遠くの県外ナンバーの車をよく見るようになりました。
協議会の設立以後、移住が12世帯、Uターンが2世帯(その他孫世代が2世帯)あり、消防団員13人のうち7人、公民館の役員5人のうち3人が移住者です。また、危険樹木の伐採、狩猟免許を取得し鳥獣被害対策指導員や神楽の後継者として活動してくれるなど、地区の貴重な人材になっています。まだまだいろいろな課題がありますが、解決していきたいと思います」

福祉農園の展望台 通過する新幹線がよく見えて農園を訪れる子どもたちに大人気