熊本県南西部に位置する天草諸島は、有明海、八代海、東シナ海に囲まれ、豊富な海産物で知られる。また、海に沈む夕陽が美しい絶景スポット「天草夕陽八景」、天草ジオパークなどの美しい自然の景観や潜伏キリシタン関連遺産として世界文化遺産に登録された崎津集落などの歴史的名所も多い。
天草諸島の最南端の天草市魚貫町(おにきまち)では、農泊とともに漁業やマリンレジャーなどが体験できる。当地で、自然学校を運営する海辺のレストハウスに滞在しながら観光や1次産業の漁業実務を学ぶ現地研修を取材した。研修は2021年11月8日から14日までのおよそ1週間で、参加者(男性5名)は、宿泊・観光業、漁業などの実務を体験した。
豊かな農林水産と観光資源
天草市は、温暖な気候を生かした農業や豊かな水産資源に恵まれた漁業を中心に発展してきた。透明度が高く風光明媚な海水浴場、ケスタ地形と呼ばれる特徴的な景観の天草ジオパーク、恐竜の化石が採集できる場所やキリシタンの歴史遺産など観光資源も多く、近年はカヤックやSUP(スタンドアップパドルボード)などのマリンスポーツも盛んになっている。
魚貫町で地区の区長を務める大西一元さんは、漁師歴20年。ブリ、スズキ、イセエビ、タコ、イカなどの漁を行う。網の仕掛け、収穫、水揚げ、網の手入れなどを1人で行っている。
「海がしけると漁には出られない。重労働で腰も痛い。でも、狙ったポイントで魚が獲れたときはうれしいね。外れたときはつらい。ブリやスズキは回遊するからポイントは決まってないが、イセエビは獲ったあと同じ場所に別のイセエビがやってくる。いい家なんだろうね」(大西さん)と漁師の苦労と喜びを語ってくれた。「天草の名物の夕陽を漁の合間にスマホで撮るのが楽しみ」だとも言う。
宿泊業を学ぶ
最初の研修では参加者はお互いに自己紹介した後、宿泊先でもある「天草レストハウス結乃里」代表の武田昌代さんと高廣宗明さんから宿泊業について座学でレクチャーを受けた。同レストハウスは目の前が海岸というロケーションにあり、宿泊のほか海水浴やキャンプ、釣りやカヤック、SUPなどのマリンスポーツが体験できる。
「宿泊業は地元の人との関係を大事にしないと成り立たない。建物の改修、船やイベントで人手が必要の時など、本当にお世話になる。約束を守ることと継続することが大事。地元の人に利益を提供できるときがうれしい。ここの繁忙期は7~9月だが、海の家なので天候次第でキャンセルも出る。収入がないときはどうするかも考えないといけない」など、運営と経営のポイントについて指導を受けた。
また、「黒潮に乗ってやってきたジュゴンが近くの定置網に3頭も掛かったことがある。またサンゴの群生があり、この近辺の海は自然に恵まれているが、温暖化の影響でソフトコーラル(軟質の組織で構成されたやわらかいサンゴ)が減少している」と当地も気候変動に影響されていることを伝えた。
座学の最後に、研修で予定されている地元の音楽イベント「天草夕陽フェスティバル」の準備の打ち合わせをし、宿泊業の実地体験として部屋の清掃作業を行った。
武田代表から、「窓は海からのしぶきに注意してくださいね。掃除機は押すより引く方が吸う力が強いですよ。畳の目に沿って動かして。畳は雑巾で拭きます。コロナ対策でテレビなど備品も丁寧に拭いてくださいね」と丁寧なレクチャーを受け、参加者たちは熱心に掃除を行った。
窓と部屋の掃除をする参加者
マリンスポーツと漁業を体験
部屋内の清掃の実習のあとは、同レストハウスのスタッフの水﨑千晴さんからマリンスポーツのSUP(スタンドアップパドルボード)の基礎的な知識のレクチャーを受けた後、近くの入り江に移動し、ボードに乗って指導を受けた。ほとんどの参加者が初心者で、何人かはボードの上から水中に落下したが、「水はそんなに冷たくなくて気持ちいいですね」(参加者の1人)と、むしろ楽しそうだった。
水﨑さんは福岡県から天草に遊びに来て同レストハウスに宿泊したことがきっかけで、昨年8月に天草へ移住し、働くようになった。「ここの海は透明度が高くて驚きました。福岡で一年中やっていたSUPをここで生かすことができてうれしいです」と水崎さんは語る。
SUPの実地体験のあとは、地元の漁師の大西一元さんが所有する船まで移動。この日は網の仕掛けの研修で参加者は全員乗船して沖に出る予定だったが、海が荒れたため延期となった。代わりの漁業体験として、大西さんが当日の朝の漁で使用した網の手入れ作業を行った。漁の間に網には海中の小さいカニや海藻などが多く付着する。次の漁に備えるため、これらの付着物をすべて取り除かなければならない。参加者は、全長約450メートルの網から見慣れない海藻などを丹念に素手で取り除いた。「漁のあとは毎回この作業をしないといけないんですね」と参加者は驚く。
ビーチコーミング体験と海岸清掃
このレストハウスでは、ビーチコーミング(海岸などに打ち上げられた漂着物を収集、観察すること)の体験ができる。まず座学で、代表の武田さんからビーチコーミングの意義や面白さについて説明を受けた。武田さんは、「漁業のある町で暮らしていると海とは切っても切れない関係になるので、打ち上げられる漂着物を何とかしたいと思いました。ゴミ拾いは面白くないものですが、このゴミはどういう経路で捨てられたのだろうとストーリーを想像すれば面白くなります。ビーチコーミングの奥深さを知ってゴミを持ち帰る動機になればと思います。妄想が大事ですね」と話す。
座学のあとは近隣の茂串海水浴場へ移動し、ビーチコーミングと海岸清掃を行った。同海水浴場は風光明媚なウミガメが産卵に来る天然の海岸で、NHK大河ドラマ「武蔵」のロケ地にもなった。参加者たちは、武田さんから海岸に打ち上げられた漂着物の説明を受けながらゴミの収集を行った。スニーカー、漁具、マット、ペットボトル、プラスチック容器などがあっという間に集まり、参加者は漂着物の多さに驚いていた。レストハウスに戻った後、ビーチコーミングのコーナーに展示された国内外からの漂着物について武田さんから一つひとつの漂着物についてレクチャーを受けた。
海岸の漂着物を集める参加者
自然があふれた暮らしをしてみたい
3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
森村憲人さん(福岡県福岡市出身、23歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
知人が以前に同じ研修に参加し、その時の漁業体験の話を聞きました。自分もここで同じ体験をし、この土地を直接感じたいと思い参加しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
ここで実際に住んで風景を見て清掃活動をする。楽しいし土地の理解が深まります。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
今まで自然の中で仕事をしてきました。山の知識があり、今回の研修を参考にして、今後の自分の仕事に生かすことができればと思います。
原口誠さん(福岡県福岡市出身、41歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
募集の内容に興味があり、応募しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
旅行には行きますが、地元の人の話を直接聞くことはなく、こういう体験はとてもありがたいです。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
前から田舎暮らしは気になっていて海の音が直接聞こえる生活はとてもいいです。これからの人生を模索したいと思います。
吉原秀平さん(福岡県福岡市出身、20歳)
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
内容に興味があり、募集に応募しました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
SUPや漁業体験など日常とは違う珍しい体験ができて楽しいです。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
これまで街中で生活してきたので、自然があふれた暮らしをしてみたいと思っています。
(了)