和歌山県みなべ町は県中央部に位置し、人口は約1万1000人(2024〈令和6〉年2月)。梅干し用の最高級品種とされる南高梅誕生の地で、青梅と梅干しの生産量は日本一。15(平成27)年に国連食糧農業機関(FAO)から、当地の梅栽培が「みなべ・田辺の梅システム」として世界農業遺産に認定された。 一般社団法人日本ウェルビーイング推進協議会主催の「TUNAGUプロジェクト」(一次産業ワーケーション®)の実地研修を取材した。研修は24(令和6)年の2月23~29日までの7日間で、16人(男性7人、女性9人)が参加。梅農園での梅の枝の剪定(せんてい)や梅加工場での作業、土産店での販売、備長炭の箱詰め、JA技術指導員の座学などの1~3次産業の研修メニューをこなした(取材は28、29日に実施)。
梅の天日干しを体験
梅干しの実地研修は、梅農家の東光淑行さんの農園で梅栽培の概要や水漬け、天日干し作業の説明から始まった。 東光さんは、2.5ヘクタールの農園で南高梅の栽培をしている。梅の生産量日本一のみなべ町は、労働者と後継者の不足が大きな課題。東光さんは「収穫の6月はこれまで苦痛だったが、(梅収穫ワーケーションと)連携し多くの人が来て関わりを持てるようになった。楽しい6月になった」と笑顔で話した。TUNAGUプロジェクトはみなべ町で始まり、官民連携SDGs優良事例にも選ばれた「梅収穫ワーケーション」をヒントに日本ウェルビーイング推進協議会代表理事の島田由香氏が考案したプロジェクトである。 今回は、梅干しの二つの工程を学び実践した。一つは、昨年6月に収穫し塩分20%で漬け込んだ梅をセイロウ(隙間のあるトレー)ごと水漬けし、果肉がつぶれたものを取り除き、間隔を空けて配置する。南高梅は皮が薄く梅同士がくっつくと乾く際に破れてしまうためだ。水漬け後の梅は、農園内のビニールハウス内で天日干しされる。研修生は2班に分かれ、約2時間でセイロウ120枚分の梅を干した。 もう1つは、すでに干してある梅に表裏まんべんなく日が当たるようにセイロウごとひっくり返す作業。セイロウを返した後に、梅同士がくっついて、日当たりが不十分な部分がないか、皮が切れている梅はないかなどのチェックを行う。干す期間は季節で異なるが、この時期(冬季)は1週間程度(夏は3、4日)。完熟した青梅を拾って行う収穫から多くの手順を経て梅干しは出荷される。
座学
未来のみなべを展望
次に晩稲(おしね)区民会館でJA紀州営農指導員の廣澤健仁さんから、みなべ町の未来について技術者の視点からレクチャーを受けた。主題は「2050のみなべ こうなったらイイナ!」。廣澤さんはJA営農技術発表会で全国2位の実績を持ち、2013(平成25)年から全国の学校に出張し、梅の授業を行っている。 廣澤さんは「梅の収穫作業は今も昔と変わらないが、梅畑にネットを張るなど作業は増えている。一方で働き手が減っている」と現状を語り、新しい取り組みとして「正月用飾りの用途で『ズバイ』(つぼみのある梅の先端の細長い枝)が年間50~60万本出荷するようになった」と明るい話題を伝えた。2050年のみなべの明確なイメージを聞かれると、「高齢化や気象変化を考えると、生産量の現状維持が目標」と答え、今はそれに向かって「どのようにしたら若い人たちに、みなべの梅を買ってもらえるのかを考えている」と話した。 座学の後は、南部梅林の公園茶屋で昼食(和歌山ラーメン)を兼ね、梅システムマイスターの糸川昭三さんの紙芝居で南高梅の歴史を学んだ。
梅の加工・販売体験 ワークショップで気付きを共有
同町には梅を加工、販売する会社が多く、生産と共に基幹産業となっている。研修生は、加工会社の株式会社岩本食品や株式会社ウメタなどで、加工作業や販売実務をそれぞれ体験した。後日、この実務研修を通して気付いた点を共有するワークショップを開催。受け入れ先各社の代表者らも参加した。 まず5~6人のグループに分かれて気付いた点をまとめ、グループごとに発表を行い、「加工品を段ボールの箱に入れるのは機械化できるのでは?」「ラベル貼りの時は無言でやっていたが、話しながらの方が作業ははかどると思う」「梅酢を精製せずに販売してはどうか」などの意見が出された。受け入れ先の会社からは「参考になった。改善したい」「(研修の受け入れは)従業員にもいい刺激になった」との感想が聞かれた。
研修成果の発表
最終日は、全体の振り返りを行った。「梅システムとは?」のテーマで、みなべ町の課題をどのように解決できるか自分はどう関わるかについて、2~3人のグループに分かれ模造紙を使って発表した。 研修を通して良いと感じた点として、「梅干し作りは大変な作業。大事に食べないと」「みなべは既に豊か」「職人技と愛社精神」「魅力的な農家」「品質への真剣さ」などが挙がり、改善点としては「データを基にみなべの日本一を見える化」「企業研修の受け入れ」「作業時にBGMを」「女性が入りやすい休憩室」との意見が出された。最後に1人ずつ研修の感想を語り、すべての工程を終了した。
島田由香代表理事に聞く
研修を主催する日本ウェルビーイング推進協議会の島田由香代表理事は、みなべ町に移住し、古民家をリニューアルした自宅兼オフィスを基点に町おこしに奔走している。 島田代表理事は「みなべ町の皆さんは私たちの提案(収穫期の人手の提供など)をすべて受け入れ、つながりを持たせてくれた。受け入れる力が強く、人が温かい」と移住を決めた当地の魅力を語り、研修生には「好きか好きでないか、やりたいかやりたくないかで人生は決まる。大事なのは本気かどうかです」とエールを送った。
研修生に聞く
- 研修に参加した経緯を教えてください
細田 沙紀さん(26歳)群馬県在住
―勤務先の障害者就労施設で今年4月から梅農園を管理することになり、梅のことを勉強しようと思い参加した。
佐賀 一輝さん(22歳)大阪府在住
―大学卒業後に就職はせず、いろいろな選択肢を試してみたい、ワーケーションを通じて多くの人と交流したい、と思った。
梶川 さん(47歳)千葉県在住
―自分がやりたいことを探しており、研修の説明会で島田さんと面会したことがきっかけで参加した。
- 研修に参加した印象は?
細田さん
―みなべ町の人が温かい。梅の研修で来たが、境遇が違う他の研修生との交流などいろいろな人と会えてよかった。
佐賀さん
―みなべがとても面白い。私のように就職しない若者が1次産業に触れるこの研修のような機会があることを広く知ってもらいたい。
梶川さん
―実際の梅干し作りや備長炭の箱詰めなどいろいろな体験ができてよかった。
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今後の展開について
細田さん
―研修で学んだことを梅農園の管理に生かし、(勤務先施設の)障害者の人と仲良くやっていきたい。
佐賀さん
―林業や農業に興味があり、みなべ町への移住を考えている。定住はできないが、できることを拡充したい。
梶川さん
―今後もみなべの梅ワーケーションに参加する。(農村地域では便利な車の運転はできないが)自転車でも農作業や生活ができる実例を示したい。
(了)