佐賀県唐津市は、県北西部に位置し、人口は約11万人。太平洋側気候で玄界灘に面し、リアス式海岸などの地理的特徴から、古代より大陸方面に向けた海上交通の拠点だった。現在の唐津市は、2005(平成17)年に東松浦郡の呼子町、鎮西町、肥前町、相知町、厳木町、浜玉町の6町と北波多村の1村と合併して新たに誕生した(翌年には七山村が編入)。
市内の唐津神社の秋季例大祭の唐津くんちは、15(平成27)年にユネスコ無形文化遺産に登録され、日本三大松原の一つと言われる虹の松原は特別名勝に指定。朝市とイカで有名な呼子、器種の多さで知られる唐津焼など、観光資源が豊富だ。 今回の研修地の厳木町は、唐津市の中心部より東南に約20キロの位置にあり、江戸時代は唐津と佐賀を結ぶ街道の宿場町だった。明治から昭和にかけては炭鉱の町として栄え、市内を流れる厳木川は、近年数回にわたり国土交通省から「水質が最も良好な河川」に選定されている。気候は内陸性気候で山間のため佐賀県内でも積雪が多い。 厳木川沿いに青々とした稲田が続く厳木町で、旧白水酒造の酒蔵やかやぶきの母屋を地域の新たな観光資源として再生する「白水荘プロジェクト」などの活動を支援する現地研修を取材した。研修は23(令和5)年8月26日から28日までの3日間で、プロボノ(スキルを生かしてボランティア活動をする人)の男性1人が参加し、町内行事への参加をはじめ、唐津焼など地域の観光資源や酒蔵の見学、稲田の雑草取りの農作業体験などを通じて、地元の人々とも交流した。今回の視察で収集した材料を基に3カ月後に成果物を発表し、情報発信を開始する。
厳木町のお宝を発信 地域ににぎわいを
今回の研修の依頼元であり受け入れ先の横道亨さん(35歳)は、4年前に東京から家族で厳木町に移住し、一昨年から唐津市厳木市民センターで集落支援員として勤務。地産を生かしたマルシェの開催や空き家の再生など地域おこし支援に奔走している。また、市民センター近くの交流スペース「彩り」のオーナーでもある。「彩り」は、横道さんが厳木町内外のあらゆる人が交流できる拠点を作ろうとクラウドファンデイングで改修費用を集め、築約140年の古民家をリニューアルした。地元の厳木高校の生徒らが自宅と学校以外のサードプレイスとして利用する拠点、都会からの修学旅行生が田舎暮らしを体験するための民泊、お試し田舎暮らし体験、子ども食堂といったさまざまな形で活用されている。今回の研修でも参加者は「彩り」の2階の個室に宿泊した。 横道さんは、「厳木町には活性化のアイテムがそろっていますが、それを実現するプレーヤーが足りません。私が2年間の集落支援員の活動で見つけた厳木町のお宝(魅力)や白水荘プロジェクトについて最大限お伝えし、1人でも厳木町のファンを獲得できるよう情報発信のお手伝いをお願いしたいと思います」と研修の趣旨を語った。
厳木のお宝めぐり
地元文化遺産の厳木駅舎で土曜夜市
JR唐津線の厳木駅舎(1930〈昭和5〉年築)は、利用客の減少で1983(昭和58)年に無人駅となった。レトロな厳木駅舎と駅敷地内に今も残る1899(明治32)年建築のれんが造りの給水塔(蒸気機関車に水を補給する施設)の風景は、石炭産業が盛んだった往時をしのぶ文化遺産として地域で親しまれており、映画「東京日和」(竹中直人監督)にも登場している。この駅舎と給水塔を地域おこしに活用しようと、地元住民の「厳木駅舎と給水塔を愛する会」「きゅうらぎデザイン」が主催した「きゅうらぎえき土曜夜市」に参加した。 厳木駅舎内と駅前広場で午後4時から始まった夜市では、射的やくじ、ヨーヨーなどの昔遊び体験、駄菓子やかき氷、厳木高校の生徒と地元パン店がコラボしたパンなどの販売がおこなわれた。ウクレレと三味線の演奏、演芸一座の漫談やマジックなどのショーも催され、夕立にも見舞われたが、午後8時まで約200人の来場者が夜市を楽しんだ。
厳木高校の取り組み 地域との連携
土曜夜市の開催には町内の厳木高校が協力し、生徒が地元パン店の販売の手伝いや同校が栽培したカボチャなどの野菜を販売した。同校はこうした地域のイベントでのボランティアや近隣の飲食店とのコラボ商品の販売、地域と共同での厳木町の広報活動など、地域と連携した校外活動を行い活発に地域活性化に取り組んでいる。 県立厳木高校は創立73年目の全日制・普通科高校。1学年80人の半数の40人が重点評価枠で、不登校経験や発達障害、中途退学者の該当者を募集対象としている。地理的に佐賀県内の各エリアから通学が可能であることから、始業時間を9時35分にしている。 山口明徳校長は、「重点評価枠では5教科中高得点だった3教科の点数を2倍にし、学習支援員は各学年に1人ずつ常駐、担当の先生も研修しています。授業は生徒の負担を避け45分です」と学校の運営方針を説明。地域との連携については、「高校と交流スペース『彩り』とのコラボなどこれからも地域と一緒に何かできればと思います」と語った。
研修生からの「学校のPTAや地域にはいろいろな専門分野を持っている人も多いはずで、こうした人材を外部講師とする授業は面白いのでは。厳木高校から『こういう講師を求めます』という情報発信をSNSでしたらどうでしょうか」との提案に対して、山口校長は、「現在県内外で生徒を募集できるようになったので、そういう授業があるといいPRになるかもしれませんね」と笑顔で答えた。同校はスポーツも盛んで、プロ野球横浜DeNAベイスターズの宮﨑敏郎内野手、吉川輝昭元投手、シドニー五輪アーチェリー日本代表の牧山雅文選手を輩出している。
天空のエリアフィッシング「フィッシングパーク平之」
厳木町と同じ唐津市内の相知町との境にある標高約900メートルの作礼山は、九州百名山の一つで、古くは山岳信仰で知られる。この作礼山中腹の標高400メートルの位置にあるルアー・フライ専用管理釣り場「フィッシングパーク平之」は、“天空のエリアフィッシング”と呼ばれ、佐賀県唯一の管理釣り場として遠路からも来場客がある。管理釣り場とは管理された釣り場で、放流された魚をルアーやフライなどで釣る。技術などで人により釣果の差が出やすい。
フィッシングパーク平之を経営している米丸知成さんは、福岡県から昨年厳木町に移住した。小学校の教員をしていたが、釣りが好きで1人の客として前身の管理釣り場に通い地域の人と交流していくうちに運営の手伝いをするようになり、前オーナーから譲り受けた。研修生は、米丸さんから移住を決めた思いや厳木町の魅力について聞いた。
「3年前ぐらいから客として通っていたときに地元の人からよくしていただき、この地域と関わるようになりました。コロナ禍で海や川で釣りが難しい時期も、管理釣り場なら時間と釣る場所を管理できるのでお客さんが安心して楽しめます。また、魚を放流しているので釣りやすいです。魚種はニジマスです。釣り場の横に養殖場があるのできれいで新鮮ですよ。福岡県から来るお客さんが多いですね」(米丸さん)
道の駅厳木「風のふるさと館」
道の駅厳木は、唐津市と佐賀市とのほぼ中間に位置し、国道203号沿いにある。多数の地産が販売され、交通情報も提供。駐車場の横には巨大な白い佐用姫像があり、ゆっくりと回転している。研修生は、販売されている物産をじっくりと見学した。
唐津焼窯元を訪ねる
唐津は焼き物の町である。唐津焼は400年以上の歴史があり、土や釉薬(ゆうやく)、技法、また用途などにより器の種類が豊富だ。唐津市内には約70の窯元がある(厳木市内は3カ所)。 研修生は、唐津市出身で作礼山中腹に窯を構える岡本作礼さんを訪ね、工房と作品を見学。制作中の器や完成した作品についての説明を受けるなど貴重な体験をした。
「きゅうらぎ温泉佐用姫の湯」 日本三大悲恋の一つ佐用姫伝説
万葉集で山上憶良にも歌われた松浦佐用姫の伝説は日本三大悲恋の一つで、佐用姫は厳木の豪族の娘と伝えられる。町内には佐用姫の名を借りた「きゅうらぎ温泉佐用姫の湯」がある。泉質は単純アルカリ泉で、効能は疲労回復や美肌効果。岩盤浴やサウナ、家族風呂、レストランもある。料金は大人1人500円(午後5時から450円)とリーズナブル。
白水荘プロジェクト
昔の暮らしと営みが体験できる複合施設を 白水荘プロジェクトは、厳木町内の彫金家有馬武男さん所有の約1000坪の敷地内にある70年前に廃業した旧白水酒造の旧酒蔵、彫金の工房も兼ねる築約200年のかやぶきの母屋、水田の一体を「白水荘」と総称し、「昔の暮らしと営みが体験できる複合施設」として再生させるもの。プロジェクトのサポーターとして実現に向け尽力している横道さんが白水荘を訪ねたことがきっかけとなった。古民家のかやぶきの母屋は大林宣彦監督の映画「花筐(かたみ)」(檀一雄原作)にも登場している。「有馬さんを訪ねかやぶき屋根を見たときは感動しました」(横道さん)
「古い建物の価値を見いだし保存するだけでなく、厳木町の大切な地域資源として地域主体で活用する方法を模索しよう」と有馬さんや横道さん、古民家再生の専門家ら関係者で検討し、実現に向け走り始めた。旧酒蔵は近年の台風で瓦屋根が破損し修繕に多額の費用が必要であることから、クラウドファンディングで資金の調達を図っている。 施設は、旧酒蔵の1階を角打ちのバーやレストラン、コワーキングスペース、子ども食堂や映画鑑賞など食事や交流の場所に、母屋は一棟貸しなどの宿泊場所、水田は自分で植えたコメを収穫し、かまどで炊く体験の場所などにする。
有馬さんは東京で彫金のデザイナーを務めた後、15年前に実家のかやぶきの母屋で工房「花鏨(たがね)」をオープンし、象眼など金銀細工の彫金家として多数の作品を生み出している。九州では彫金家は希少で、有馬さん自身も地域の宝である。
有馬さんは、「唐津市内にはここを含めかやぶきの家屋は2軒しかなくとても貴重ですが、個人で維持していくのは難しい。屋根のふき替えは専門の技術が必要でその継承のためにも残していかなければいけません。旧酒蔵は、江戸時代から営んだ酒造業の遺物を生かし再生したい。佐用姫の湯や道の駅など近隣の観光資源と連携し、町の内外から多くの人がやってくるような所にしたい」と熱く語った。
研修生は、有馬さんの指導の下、コメの栽培体験として青々と実る稲田で雑草のヒエを取り、母屋内の工房での彫金の作業風景や旧酒蔵の様子を見学するなど白水荘施設の現状を確認した。
寺カフェ「花の坊」 寺院にある癒やしの空間
研修の最後は昼食を兼ね、かつて炭鉱で栄えた岩屋地区の妙法寺敷地内にあるカフェ「花の坊」を見学した。山林の緑に囲まれた木造建物の店内に入ると、天井が高くゆったりとした空間に心癒される。高台にあるので窓からは天山や作礼山の山並みが見える。 店主の飯野慎二さんは、大手住宅メーカーを定年退職後に「花の坊」の店主として迎えられ、料理や菓子作りの腕を振るっている。飯野さんは剣道、茶道、茶花、絵手紙、ピアノなど多彩な趣味と腕前を持つ。カフェ内にはグランドピアノもあり、月に1回、フルート、ピアノ、バイオリンの奏者を招いてコンサートを開催している。研修生は店内を見学し、飯野さんに運営について詳しく話を聞いていた。
情報発信に向けて
研修生は、今回の研修を通じて収集した白水荘をはじめとする厳木町の資源や魅力を整理し、研修の3カ月後に情報発信を開始する。
加藤 友貴さん(49歳) 東京都在住
- 研修に参加した経緯を教えてください。
―仕事で九州に来ることもあり土地に親和性がありました。また、自分のスキルがどこまで役に立つか確認したいという思いがあり研修に参加しました。
- 研修に参加した印象はいかがですか?
―いろいろな方と会え、話を聞くことができてよかったです。当初(厳木に)持っていたイメージとは違う発見ができてよかった。
- 今後の展開について。
―他の地域で厳木と環境や条件が近い所とどう差別化を図るのか、どうやって情報発信するのかをじっくり考えます。この3日間で大変な情報量の材料を得ました。まずこれを整理し、3カ月後の成果につなげていきたいです。