北東北の湖畔で農家の暮らしを学ぶ~秋田県仙北市

たつこ像にも雪が積もる冬の田沢湖 駒ケ岳がよく見える
たつこ像にも雪が積もる冬の田沢湖 駒ケ岳がよく見える
角館地区の武家屋敷通り 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている
角館地区の武家屋敷通り 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている
きりたんぽ鍋とともに秋田県を代表する郷土料理の稲庭うどん
きりたんぽ鍋とともに秋田県を代表する郷土料理の稲庭うどん
駒ケ岳中腹にある駒ヶ岳温泉
駒ケ岳中腹にある駒ヶ岳温泉

 秋田県東部のほぼ中央に位置する仙北市は、2005(平成17)年に仙北郡の角館町、田沢湖町、西木村(以上当時)が合併し、誕生した。現在の人口は、約2万4000人(2022〈令和4〉年)。

 市の中央にある田沢湖は、国内で最も深い湖として知られる。周囲に秋田駒ケ岳や八幡平などの名山がそびえ、その風光明媚(めいび)な景色は日本百景にも選ばれている。角館地区には武家屋敷が多数現存し、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、多くの映画やドラマに登場している。また、温泉地としても有名で市内の玉川温泉は日本一の湧出量を誇り、当市は年間500万人以上の観光客が訪れる東北屈指の観光地である。

 地勢は市域の約8割が森林地帯で、気候は盆地により寒暖差が大きく、冬季には市内全域で平均気温が0度を下回るという厳しい寒さである。主な産業は農業と観光で、農業はコメと野菜が市の農業産出額の8割以上を占める。

 当市で、農業とともにある暮らしを学ぶ現地研修を取材した。研修は、22(令和4)年12月20日から22日までの3日間で、参加者(男性1人)は農家民宿に宿泊しながら、地元で受け継がれる大根の漬物やとろろ汁、きりたんぽなどの郷土料理の作り方を学んだ。

地元野菜の漬物作り 大根のビール漬けと酢漬け

 仙北市は、野菜では大根の栽培が最も盛んだ。市内の農家では、収穫した大根を多様な方法で漬け、家庭で消費するほか商品として出荷している。

 研修生が宿泊している民宿「甚吉」は、1970(昭和45)年に開業。田沢湖周辺で最も早く農家民宿を始めた宿で、農作業や郷土料理作りが体験できる。

 最初の研修では、同民宿の主人である田口郁子さんに大根のビール漬けと酢漬けの作り方を学んだ。研修で使う大根は、田口さんが宿から北方に約25キロ離れたブナ林の先にある高原で栽培している自慢の高原大根だ。品種は「貴宮」。

大根のビール漬けの作り方

 最初に6キロの大根の皮をむき、大きめに切ったものをビニール袋に入れる。ビール大瓶1本、ざらめの砂糖、塩、酢をそれぞれ1カップ、最後に隠し味として和からしの粉20グラムを入れ、かき混ぜて終了。

大根の酢漬けの作り方

 酢漬けも6キロの大根の皮をむき、大きめに切ってビニール袋に入れる。白砂糖800グラム、白ワイン1カップ、酢1.5カップ、焼酎1.5カップを入れ、かき混ぜて終了。

 指導する田口さんは、「ビール漬け、酢漬けとも4~5日から1週間ぐらい涼しいところに置いておくといい感じに漬かります。ビール漬けと同じやり方で白菜やキュウリを漬けてもおいしいですよ。大根にざらめの砂糖と塩、酢、焼酎に山ブドウを一緒に漬けると色がきれいで風味が変わっておいしいですよ」と楽しそうに話す。近年獣害がひどく、大根をはじめ栽培しているトウモロコシもカモシカ、ネズミ、ハクビシン、クマに食べられているという。「ネズミが食べるとおいしいというからしょうがないか」と田口さんは笑う。

 秋田県の郷土食で有名な「いぶりがっこ」は、田口さんによれば、昭和40年代に出稼ぎ対策として考案されたものだという。薫製した大根を米ぬかに塩、ざらめの砂糖、酢、柿の実、焼酎などを入れたものに漬ける。

 研修生は、田口さんから当地の農業の歴史や漬物の作り方のこつを教えてもらいながら、計12キロの大根の皮を黙々とむいた。「ブドウ漬けにはブリーベリーも合いそうですね」(研修生)「そうそう、合いますね。たまにやりますよ」(田口さん)

田口さん(右)に大根の皮のむき方の指導を受ける
田口さん(右)に大根の皮のむき方の指導を受ける
黙々と大根の皮をむく
黙々と大根の皮をむく
作業が終了した大根のビール漬け 袋の口を締め保管
作業が終了した大根のビール漬け 袋の口を締め保管
しょうゆに漬け込んだ大根も
しょうゆに漬け込んだ大根も

地元特産の長イモでとろろ汁を作る

 続いての研修は、市内の田沢地域特産の長イモを使ったとろろ汁の作り方を学んだ。「田沢ながいも」と呼ばれる同地区伝統の長イモは、田沢地区の限られた地域でしか作られておらず、コクと味の濃さが特徴で山イモに近い風味で有名。

 「平べったいので私たちは「ひらいも」と呼んでいます。見附田というところでしか作られていません。ここは土が良いのでいい長イモができます。粘りが強いですよ」と話しながら田口さんが実物を見せると、「こんな形の長イモは見たことがありません。また大きいですね」と研修生は驚いた。

 作り方は、最初に長イモの皮をむき、すり鉢で下ろし金を使って下ろしていく。田口さんの言うように粘りが強く一般的な長イモのようには見えない。研修生は額に汗をにじませながらひたすら下ろしていく。下ろし終えるとすりこぎで丹念にかき混ぜ、滑かにしていく。頃合いを見て、田口さんは用意していた味噌汁(カツオのだし汁にごぼう、マイタケ、しょうゆを加えたもの)をおたまじゃくしで少しずつ、研修生がすりこぎを回しているすり鉢に落とし込んでいった。

 このとろろ汁を白米にかけ回し、研修生は田口さんが漬けたキュウリのビール漬けやブドウ漬けと一緒に昼食を兼ね賞味した。「自分で作ったとろろ汁ですし、おいしいので何杯も食べられますね」と研修生はおいしそうにお代わりした。

田口さんは「ひらいも」と呼ぶ「田沢ながいも」
田口さんは「ひらいも」と呼ぶ「田沢ながいも」
「ひらいも」の皮をひたすらむく
「ひらいも」の皮をひたすらむく
汗をかきながら長イモを下ろす
汗をかきながら長イモを下ろす
すりこぎの回し方を伝授する田口さん
すりこぎの回し方を伝授する田口さん
すりこぎを回しながらすり鉢に味噌汁を流し込んでいく
すりこぎを回しながらすり鉢に味噌汁を流し込んでいく
完成したとろろ汁定食
完成したとろろ汁定食

白米からきりたんぽを作る

 最後の研修は、秋田県を代表する郷土料理のきりたんぽ作り。きりたんぽは、もともとは冷えたご飯の残りをおいしく食べるために工夫されたもので、「たんぽ」は、槍の穂先を守る短穂に形が似ており、杉の棒にすりつぶした白米を巻き付けて焼いたものを切って鍋に入れたことから、「きりたんぽ」と呼ばれるようになったという。

 田口さん宅では炊いた白米を使用し、研修ではホットプレートで焼く。杉の棒に冷えた約120グラムの白米を1本ずつ巻き付けて形を整え、焼き目が付くぐらいまで焼いたものに食べる直前に砂糖を入れた味噌を付けて食べる。「みそたんぽ」という。

 研修生はまず、ボウルに入れた冷えた白米をすりこぎでつぶし、杉の棒につぶした白米を丁寧に巻き付けていった。出来上がるとホットプレートで焼き、味噌を付けて食べた。

「香ばしくておいしい。白米が焼けていく匂いも食欲をそそりますね」(研修生)。

まず白米をすりこぎでつぶす
まず白米をすりこぎでつぶす
つぶした白米を杉の棒に巻き付けていく
つぶした白米を杉の棒に巻き付けていく
ホットプレートでじっくり焼く
ホットプレートでじっくり焼く
食べる直前に味噌を付ける
食べる直前に味噌を付ける
手作りのきりたんぽを食べる
手作りのきりたんぽを食べる

地域おこし協力隊の会合に参加

 研修最終日に仙北市の地域おこし協力隊全員(6人)が参集する会合があり、研修生はオブザーバーの立場で参加した。会合では、地域おこし協力隊、仙北市、JR東日本秋田支社の3者が集まり、「五感楽農」事業の今後の展開について打ち合わせを行った。

 「五感楽農」事業は、2019(令和元)年に仙北市と地域DMOの一般社団法人田沢湖・角館観光協会、JR東日本秋田支社の3者が連携し、五感で楽しむ農体験を通じて仙北市への移住・定住を促進する取り組み。定期的に農山村を体験するさまざまな企画の観光ツアーを実施している。今回の会合は、地域おこし協力隊のメンバーに新しい視点で意見を出してもらい、今後の事業展開の参考にすることがテーマ。

 会合の最後に仙北市での農業体験の感想を求められた研修生は、「農家での漬物づくりは貴重な体験でした。おかみさんから聞く土地や料理の話はとても面白く、インバウンドは人や地域のストーリーを中心にアピールした方がいいのでは。不便なところには知られていない魅力があり、東北にはそれが潤沢にありますよ。今回は、私はその不便さを体験しに来ました」と話し、地元の人が気付きにくい魅力を伝えた。

会合で発言する研修生
会合で発言する研修生
会合が開かれた仙北市角館庁舎
会合が開かれた仙北市角館庁舎

研修生に聞く

日本の農業は素晴らしい

 今回の研修に1人で参加した横浜市出身の溝口真矢さんは、会社員を経て「starRo」の名称で音楽プロデューサー、作曲家として活躍。米国ロサンゼルス市在住時の2017(平成29)年に、音楽賞として世界で最も権威のあるグラミー賞の「リミックス・レコーディング」部門で日本人として初めてノミネートされた実績を持つ。4年前に日本に帰国し、現在は雑誌「WIRED」日本語版で連載を持つ一方、神奈川県藤野町のシェア畑で農業をしている。溝口さんに今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。

今回の研修に参加したきっかけを教えてください。

 仙北市の地域おこし協力隊の知人から誘われて22(令和4)年9月の田沢湖畔のイベントに参加し、とてもいいところだと感じていました。もともと農業に興味があり、今回の田沢湖での研修を知り、応募しました。

参加してみていかがでしたか?

 自分で畑仕事をしながら農業について考えていたことを確認できたように思います。

改めて日本の農業は素晴らしいと思いました。短い期間の研修ですが、厳しい環境の中で日本の食を支えている人たちがいることを感じることができてよかったです。

今後の抱負を聞かせてください。

 音楽と農業は自分の人生の大きなテーマとなりました。農業を通じて日本の良さを認識しており、これを自分の子どもたちにどう伝えていくか考えていきたいです。人生の半分の時間を海外で過ごした経験から、日本はいろいろな点で素晴らしい国だということがよく分かりました。自分の国が最高にいい国というのはとても幸運なことですね。日本の資源を生かすことができればと思っています。

田沢湖で冷水浴をする溝口さん
田沢湖で冷水浴をする溝口さん

(了)


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