奄美大島でサステナブルな農業を実践―鹿児島県大和村

奄美大島の絶景スポットとして知られる宮古崎から研修会場となった大和村名音地区を望む。写真手前の思勝湾に面した国直海岸はウミガメの産卵地で、地元住民らによる保護活動が行われている
奄美大島の絶景スポットとして知られる宮古崎から研修会場となった大和村名音地区を望む。写真手前の思勝湾に面した国直海岸はウミガメの産卵地で、地元住民らによる保護活動が行われている

 鹿児島県の奄美大島は、九州と沖縄のちょうど中間に位置している。島の面積は712平方キロと、東京23区(622平方キロ)より広く、離島としては新潟県の佐渡島に次ぐ大きさだ。

 亜熱帯海洋性気候に属し、水温の高い海に囲まれているため年間を通じて温暖多湿、年平均気温は20度を超える。ただ、雨が多い分、日照時間は短く、特に冬季は曇りがちで、空が鈍色の雲に覆われている日も少なくない。

 奄美大島は2021年7月、徳之島、沖縄島北部及び西表島とともに世界自然遺産に登録された。島を覆う亜熱帯照葉樹の森林は年間降水量が3000ミリに及ぶ多湿な気候の恵みを受けて、多様な動植物を育んできた。特別天然記念物のアマミノクロウサギに代表される固有種も多く生息し、その保護と地域の活性化を両立することが、住民にとって大きなテーマとなっている。

 今回取材したJALふるさとワーキングホリデーの農業体験研修は、奄美大島西部の大和村を会場に、2023年2月12日から二週間にわたって開催された。同村の南には奄美群島最高峰の湯湾岳(標高694メートル)があり、周辺には豊かな自然が広がっている。同村では、自然と共存したサステナブル(持続可能)な農業が実践されており、参加者は研修を通じて、その考え方を学んだ。

本土には出回らないタンカン

 奄美大島は、奄美市、龍郷町、瀬戸内町、大和村、宇検村の5市町村で構成される。島の主な産業は観光と農業で、農業では平地の多い奄美市、龍郷町などの北部ではサトウキビの生産が盛んだが、大和村は平地が少なく、果樹栽培が農業の基幹になっている。今回のJALふるさとワーキングホリデーでは、大和村でタンカンを栽培する農家が研修場所となった。

 タンカンは柑橘(かんきつ)類で、中国広東省が原産地とされている。起源は不明だが、いずれもインド原産のポンカンとオレンジ類の自然交配で発生したと考えられている。日本には明治時代に伝来し、亜熱帯性のため沖縄と奄美大島を含む南西諸島が主な栽培地になった。柑橘類の中でも甘味が強く、とても美味だが、ほとんどが地場で消費され、本土ではまず見掛けることがない。

 大和村のタンカンは、標高が高く、寒暖の差が大きい場所で栽培されるため、特に甘味が強い。地元の人たちは、「タンカンは沖縄産のものが有名だが、味は大和村のものが一番」と口々に言う。実際に研修を受け入れてくれた農家で作っているタンカンを食べてみると、ジューシーな甘味が口いっぱいに広がり、やみつきになるおいしさだった。

大和村産のタンカン。少し皮に黒ずみがあるが、味にはまったく影響がない
大和村産のタンカン。少し皮に黒ずみがあるが、味にはまったく影響がない

特別天然記念物との共存

 大和村の果樹栽培で特徴的なのは、特別天然記念物のアマミノクロウサギと共存することを前提に営まれている点だ。

 今回の農業体験研修でコーディネーターを務める大和村集落まるごと体験協議会代表の中村修さんは、「タンカンを栽培している農家さんの多くは『アマミノクロウサギの生息地に自分たちが畑を作った』という認識です。一時は絶滅寸前だったアマミノクロウサギがこのところ急増していて、タンカンの木の根が食べられるといった被害も出ています。でも、保護動物を駆除はできませんから、いかに共存していくかを考えなければなりません」と語る。

 アマミノクロウサギが絶滅の淵に追い込まれたのも、人間の軽率さが原因だった。

 中村さんによると、「昔のことなので詳しい経緯は分かりませんが、ハブを駆除する目的で昭和50年代にマングースを野に放ったのです。そのマングースに捕食されて、アマミノクロウサギは激減しました」という。

 このため、環境省がマングースの駆除に乗り出し、2018年には野生のマングースはほぼ根絶された。その結果、一時期は全島で5000匹程度まで減っていたアマミノクロウサギの個体数は、21年に最大で推定3万9000匹に回復した。

 ただ、個体数が増えたことで、人間の生活圏とアマミノクロウサギの生息域が重なり、さまざまな問題が起こるようになった。アマミノクロウサギは植物食で、樹木の若芽や果実を好んで食べる。タンカンの場合、気の上になる果実がアマミノクロウサギに食べられることはないが、軟らかい果樹の根が食い荒らされることが増えた。しかし、タンカン農家の多くは、木の根を保護することはしても、畑にアマミノクロウサギが進入すること自体を止めようとはしていない。

 一方、道路上でアマミノクロウサギが自動車にひかれる「ロードキル」が多発するようになったことから、地元では車道にアマミノクロウサギが入らないようにするネットを張るとともに、ドライバーに注意を促すよう努めている。

ドライバーにアマミノクロウサギへの注意を呼び掛ける立て看板
ドライバーにアマミノクロウサギへの注意を呼び掛ける立て看板

タンカンの収穫、選果作業を体験

 今回の農業体験研修では、約20人の参加者が4チームに分かれ、タンカンの収穫や選果作業、シイタケや野菜の収穫、果物加工品製造などの手伝いに従事した。タンカンはちょうど収穫期で、畑のタンカンの木には、実がたわわになっている。

 参加者はほとんどが首都圏在住で、タンカンを見るのも初めてという人が多かった。収穫作業の前には手順の説明とともに、地域の農家がどのようにアマミノクロウサギと共存しているかについての話があった。参加者は農家の人の説明を熱心に聞きながら、慣れない手つきで作業を進めた。

タンカンの収穫作業をする研修参加者(日本航空提供)
タンカンの収穫作業をする研修参加者(日本航空提供)

 14日間の研修日程のうち、農作業は実質8日で、週末には自由時間が設けられ、奄美大島の観光や地元の人たちとの交流イベントも行われた。ナイトツアーでは、夜行性のアマミノクロウサギを実際に目にすることができた人もいた。

学生が大半を占めた参加者

 今回の農業体験研修の特徴は、参加者の4分の3を学生が占めていたことだ。

 そのうち女性4人にインタビューできたが、いずれも物見遊山で参加したわけではない。農業を将来の職業の選択肢に考えていたり、奄美大島に学術的な関心を持っていたりと、それぞれ明確な目的意識があった。

 東京農業大国際食農科学科2年生の大山冬羽さんは神奈川県海老名市の出身。東京農大は農業を職業にしたいと考えている学生も多いが、大山さんは食品やそこに含まれる栄養素の勉強をしたくて受験し、入学当初も農業そのものに強い関心があったわけではなかった。

 ところが、「入学して農業のいろいろな面を知ると、やはり興味が湧いて来て、1年生の夏休みには愛媛県のミカン農家に泊まり込みの研修に行きました。今回は奄美大島が離島という点にひかれて参加しました」ということだった。

 愛媛でもミカンの摘果作業をしたため、タンカンの収穫作業に戸惑うことはなかった。まだ2年生なので就職活動はしていないが、入学時には考えてもいなかった農業が、将来の選択肢に入ってきているという。

タンカンの選果場で商品にできる果実のより分け方を学ぶ研修参加者(日本航空提供)
タンカンの選果場で商品にできる果実のより分け方を学ぶ研修参加者(日本航空提供)

 埼玉大経済学部4年生の高橋柚季菜さんは、経営学を専攻していて、特に物の流通をロスのない循環型にできるかに関心を持っている。既に食品関係の企業から就職の内定をもらっている。

 「新鮮な食品を消費者に届けるには、食品そのものだけでなくマーケティングや流通のことも考えなければなりません。奄美では果物という腐りやすいものを扱っているので、加工して製品化しないと、どうしてもフードロスが出てしまいます。そこを考えたくて、(この研修に)参加しました」と、研修で学んだことを就職後に仕事で生かすことを想定している。

 その上で、「選果作業に参加して、『見た目がよくない』という理由で商品化できないタンカンがあることを知りました。中身はおいしいのだから規格外にせず、それを商品として流通させられるよう調理できないのか、とても気になっています」と、研修の中で自分なりの課題を見つけていた。

研修の自由時間に行われたタンカンスイーツ製作体験(日本航空提供)
研修の自由時間に行われたタンカンスイーツ製作体験(日本航空提供)

 大妻大学3年生で日本文学を専攻する梅澤千尋さんは、埼玉県久喜市の出身。客室乗務員を目指し、企業研究の一環でJALのサイトを見ているうちに農業体験研修の募集を見つけて参加した。

 JALがふるさとワーキングホリデーで地域貢献に取り組むことを「地域に感謝を伝える事業をしているのは素晴らしい」と評価しているが、彼女が農業体験研修に参加した理由はほかにもあった。実は、実家が久喜市でブドウ園を営む農家なのだ。

 「両親が働く姿から、果樹を育てる大変さは知っているつもりです。タンカンは一度植えたら手入れがあまり必要ないということなので、ブドウに比べれば少し楽なのかなとは思いました」と、しっかり農家の目線も発揮していた。

 高橋さんが指摘した作物の「見た目」の問題にも、農家出身ならではの意見を持っている。

 「果物は見た目が美しいと『おいしそう』だと思われますが、実際はちょっと違います。例えばシャインマスカットは、店頭にはきれいな緑色のものが並んでいますが、あれが『一番おいしい』状態ではありません。少し黄色くなったくらいの方が、もっとおいしいのですが、一般の人はそのことを知りません」と、「見た目」と「味」の正しい情報を消費者に伝えることの重要性を訴えた。

 駒沢大2年生の山崎陽香さんは、文学部で地理を専攻している。母方の祖母が奄美大島の出身で、曾祖母が住む瀬戸内町には何度も来た経験がある。

 「大学に奄美のことを研究している先生がいて、その先生の下で研究をしたいと思っています。奄美大島には、まだ私が知らない文化や自然などの魅力があるので、そういうものをもっと知りたいと考え、このプログラムに参加しました」と、かなりアカデミックな目的を持っていた。

 JALワーキングホリデーは、その地域に興味関心を持つ「関係人口」を増やすこともテーマのひとつにしているが、山崎さんは「奄美は高校を卒業した若い世代が出て行ってしまい、高齢者が多くなって、地元の産業にも大きな影響が出ています。将来的には研究者になることも視野にありますが、地域活性化の活動にも興味があるので、実際に地方に住んで地域おこしをしていくことも考えています」と、そのテーマにぴったりの人材だ。

インタビューに応じてくれた(左から)山崎陽香さん、高橋柚季菜さん、梅澤千尋さん、大山冬羽さん
インタビューに応じてくれた(左から)山崎陽香さん、高橋柚季菜さん、梅澤千尋さん、大山冬羽さん

 インタビューに応じてくれた4人は、今回の農業体験研修を通じ、自分の人生の進路だけでなく、地域の将来についても真剣に考えていることがよく分かった。必ずしも「移住」「就農」といったキーワードに捉われず、都会以外の地域に強い関心を持って生きる若者たちがいることを知り、日本の未来に明るい希望の光が見えた気がした。(了)


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