丹波篠山市は兵庫県の中東部に位置し、人口は約4万人。2019(令和元)年に篠山市から改称された。歴史的には旧丹波国の京都と日本海往来の要となり、今も町並みや春日神社などの祭りに京文化の名残が色濃く残る。江戸時代は城下町や宿場町として発展。篠山伝統的建造物群保存地区の河原町妻入商家群ほか、市内には近世から近代にかけての町並みが多数保存されており、国の伝統的建造物群保存地区に選定されている。
地勢は、市の面積の75%が山林で産業は農業が盛んだ。黒豆(黒枝豆)やマツタケ、小豆(丹波大納言)、栗、山芋、茶など全国的に知られる特産が多い。観光資源としては、ぼたん鍋や日本六古窯の一つである丹波焼が有名。また、当地は民謡のデカンショ節発祥の地と言われ、毎年篠山城跡の広場で催される盆踊りの「デカンショ祭」は、10万人を超す来訪者がある。
山林と里山に囲まれた丹波篠山市は豊かな風景と自然に恵まれている一方、猿や鹿の獣害も多く、農家や地域の大きな課題となっている。
丹波篠山市と特定非営利活動法人「里地里山問題研究所」が推進する「獣がい対策応援消費」プロジェクトのコミュニティー会議が23(令和5)年3月17日に市内の施設で開かれ、取材した。プロボノワーカー(職業上の知識やスキルを生かしてボランティア活動をする人)の男性2人がオンラインで初参加し、同プロジェクトの活動を広げるためのネーミングやブランディング、体制づくりや計画策定の支援を開始した。
丹波篠山市と里地里山問題研究所の活動 プロボノに期待
2015(平成27)年に市内で設立された特定非営利活動法人「里地里山問題研究所」は、「獣がい対策で農村の未来を創る」を理念に人口減少と高齢化が進む農村の獣害対策を支援しようと、都市部や地域内の人材など新たな担い手の育成を通じて農村の豊かな恵みを守り、継承するネットワークづくりを行っている。22(令和4)年には丹波篠山市と連携協定を結び、市の関係部署と獣害対策を共に推進している。
同研究所の鈴木克哉代表理事は、「野生動物も豊かな里地里山の構成員であり地域の魅力の1つという考えから、“獣害”を“獣がい”という言葉に変えたいと思っています。“害”を軽減するだけでなく、多様な人材の参加を通じて新たな交流や共感を生む前向きな『獣がい対策』を推進し、地域を元気にすることを目指しています」と運営の方針を語った。
市と同研究所は21(令和3)年度から、「野生動物から守った農産物」や「獣がい対策につながる商品・サービス」に付加価値を加え、販売促進する「獣がい対策応援消費」プロジェクトを進めており、このプロジェクトを推進するためのコミュニティーを創設した。市や同研究所以外に都市部の人材や企業、子育て支援者らなど多様な人材が集まって月に1回のミーティングを開催。マーケティング戦略の考案や商品・サービスの開発を行っている。
鈴木代表理事は、「私たちの活動は全国の獣害対策の中でも先進的なものだと思いますが、『獣がい対策応援消費』は当事者でない方には趣旨が伝わりにくく、表記や音の響きもなじみがありません。認知度を高めて『応援消費』を促進するには、ネーミングやブランディング戦略が必要です。プロボノワーカーの皆さんにはミーティングへの参加や当地の農業体験を通じ、ぜひ助言や提案、計画策定のご支援をお願いしたい」とプロボノワーカーが参加する意図や役割などを説明した。
丹波篠山市と「里地里山問題研究所」の獣害対策の啓発資料(上2枚)
第3回コミュニティー会議にオンライン参加
【自己紹介と相互理解】
3月17日に開催された第3回コミュニティー会議には、プロボノワーカーの2人はオンラインで参加した。会場の「おとわの森子育てママフィールド」のコミュニティールームには、丹波篠山市や里地里山問題研究所、都市部の協力者、企業、会場の施設から計10人の関係者が出席。冒頭、里地里山問題研究所の鈴木代表理事が「今回の応援消費定例会議からプロボノのおふたりに参加していただき、私たちの活動のネーミングとブランディング、体制づくりでお世話になります。今日は初めての参加者も多いのでまず自己紹介をお願いします」とあいさつし、参加者の自己紹介に移った。
丹波篠山市の当プロジェクトの担当者は、「他の自治体で“ふるさとプロボノ”(特定非営利活動法人サービスグラントが運営する地域交流型プロジェクト)が導入されていることを知り、『里地里山問題研究所』さんとの活動でもプロボノワーカーと組めないかと考えました」と同会議の開催経緯などを説明した。
プロボノの参加者2人からは、「メーカー勤務です。農業・林業の楽しさを伝える活動をしたことがあります。今回は、里山の活性化を遠隔で支援できると聞き参加しました」「社会保険労務士です。中小企業診断士のサークルでプロボノを熱心にしている方がいてその人からの紹介で参加しました」とプロジェクト参加のきっかけなどを披露した。
自己紹介の後は、相互理解を深めることを目的として参加者それぞれの「思い出の味」をテーマに語ってもらった。提案した管理栄養士の木下麗子さんは、「このプロジェクトは食と大きい関係にあります。幼少期の味覚は成人後の味覚と大きな関連があると言われ、これは脳科学でも証明されています。メンバーの皆さんの食に対する考え方を知りたい」と提案の背景を説明した。
参加者は、「いつも和食の祖母がたまに作ってくれた洋風の料理」「『とふめし』(丹波篠山の郷土料理)を祭りのときに父が持って帰ってくるのが楽しみだった」「天日干ししている梅干し」「祖父が食べていた生卵入りの味噌汁」「祖母のフキのつくだ煮」「祖母のピーマンの肉詰め。ピーマンがおいしかった」など、それぞれの思い出の味を披露。プロボノワーカーの参加者からも、「祖母の茶がゆがおいしかった」などと語られた。
木下さんは、「過去に強い味覚の体験をした人と、していない人では食の話題の反応が違います。獣害対策を通じていろいろな味覚を味わってほしい」と期待を寄せた。
【令和5年度の活動計画を討議】
2023(令和5)年度のコミュニティー活動の計画策定では、里地里山問題研究所から“獣がい対策がみんなの食卓を豊かにする”というビジョン案や「人を巻き込み担い手にする仕組み」「ミーティングの仕組み」「理想の組織図」などの方針案が提示された。その後、各参加者がそれぞれの活動案を提出し、討議された。
プロボノの参加者からの「このプロジェクトの先進的なところは?」「『獣がい対策がみんなの食卓を豊かにする』のビジョンは確定ですか?」との質問には、「獣害対策全般で先進的です。特にサルの動きの捕捉は進んでおり、市と連携して農家にサルの行動情報を提供して被害を抑えています」「まだ確定ではありません。ビジョンはこれから皆で討議して決めます」など、代表理事からそれぞれ回答があった。
参加者の活動案として、「獣害対策でツーリズムができないか」「他の地域に視察に行きたい」「会社で畑を作りたい。余った野菜をこども食堂へ提供したい」「コミュニティーのメンバーを増やしたい」「この施設(『おとわの森子育てママフィールド』に来る母親たちと一緒に何かできないか」などのプランが提示された。「獣害は夏がピーク。7月は猿の被害が最も多い」(鈴木代表理事)などの意見を受け、プロボノの参加者から年間スケジュールの確認があった。また、7月14~16日にプロボノワーカー参加者の1人が当地で農作業の体験作業をする予定であることが報告された。
年間計画は、全員の案を基に里地里山問題研究所がリードして策定する。次回のミーティングの日程は、4月21日に決まった。
【プロジェクトのネーミングについて】
続いてプロジェクトのネーミングの議題に移った。最初に鈴木代表理事は、「今までどんな(ネーミングの)アイデアがあったかを振り返り、現時点での最良の案をまとめたい。プロジェクトが単なる消費だけではなく、購入した人の心が温かくなるようなネーミングにしたい」と作成のコンセプトを示し、「自分たちだけでは難しいのでプロボノワーカーに支援してもらうことにした」と改めてプロボノワーカーの協力について説明した。
次に、2月の前回ミーティングの際に、課題として出されたネーミング案が参加者から発表された。
「たべチア」「まるっと獣がい」「まるっと篠山」「ロスゼロ」「すくらむ」「ささやま守盛(ぎょーさんこうてやー)」「元気守盛!」「たべェール」などの案が出されたほか、ネーミング作成にあたって「年配の人もいいやすく分かりやすいひらがなを使う」「イラストを使う」「タイトルは簡潔に」「“獣がい”はサブタイトルで」「篠山弁で」など注意点やアイデアについての提案もあった。
【プロボノ参加者の今後の展開について】
会議の終盤に2人のプロボノワーカーからミーティングに参加した感想や要望が提示された。
ネーミングとブランディングを担当する参加者は、4月に当地で農作業体験を行う予定で、「皆さんの熱い思いが伝わりました。私の役目の回答は皆さんの中にあると感じました。ふるさととは何か、ふるさとの良さは何かーをネーミングや理念に落とし込んでいくことが重要だと思いながら聞いていました。第三者の立場だからこそ気付ける部分もあると思うので来月の現地研修でじっくり見させてもらいたいし、獣害に遭っている農家さんへのヒアリングをお願いしたいです」と意気込みを語った。
体制作りやプラン策定を担当するプロボノワーカーは、「このプロジェクトには多様な方が来られていますね。皆さんの意見を参考に年度計画にいろいろなアイデアを落とし込んで形にしたいです」と抱負を語った。
会場参加者からプロボノワーカーへ、「方向性を持ってきょうのミーティングを聞いていただきました」「プロボノの方に参加いただき外から風が入ってきた感じです」「価値を共有していただき活動を掘り下げてもらえればありがたいです」「(ネーミングが)多数の人を巻き込むことを期待しています」などの意見が寄せられ、会議は終了した。
地域の未来を作る手伝いをしたい
横山 哲朗さん(兵庫県在住) 横山さんは体制づくりやプラン策定を担当
―研修に参加するきっかけや経緯を教えてください。
中小企業診断士のグループ内でふるさとプロボノの案内があり、サービスグラントや今回の案件について知りました。もともと地域振興や自然との共生に関心があり、地域経済学や環境経済学の研究者を目指していました。その夢は実現できませんでしたが、プロのコンサルタントの端くれとして何か貢献できないかと思い、応募しました。
―研修に参加してどういう感想を持ちましたか?
獣害の研究者や地元の事業者、自治体職員や子育て支援を行っている方など、多様な方々がそれぞれの立場と視点から、地域の課題に真摯(しんし)に向き合っておられると感じました。
―今後の抱負や展開を教えてください。
外部の専門家の視点から貢献できることがきっとあると思いますので、地域の実情や住民の方々の心情に寄り添いながら、地域の未来をつくるお手伝いができればと思います。
(了)