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日向の山里で1次産業を学ぶ―宮崎県新富町

日向の山里で1次産業を学ぶ―宮崎県新富町

早朝の日向灘
早朝の日向灘
新富町役場
新富町役場
アカウミガメが上陸する富田浜
アカウミガメが上陸する富田浜

 宮崎県新富町は県中部に位置し、太平洋に面している。人口は約1万6000人(2023〈令和5〉年12月1日)。1959(昭和34)年に児湯郡の新田(にゅうた)村と富田(とんだ)村が合併し誕生した。町域の7割は宮崎平野の平地で、西部の台地には日本遺産の新田原(にゅうたばる)古墳群と航空自衛隊新田原基地がある。

 産業は、ピーマンやキュウリ、トマト、ソバ、茶などの栽培、肉牛や乳牛の畜産、鶏卵など第1次産業が中心。一ツ瀬川沿いは全国有数の養鰻が盛んな地域で、富田浜は毎年数百頭のアカウミガメが産卵のため上陸する。

 新富町の農園や牧場で、野菜の有機栽培や畜産、養鰻、農産物の6次産業化を学ぶ「JALふるさとワーキングホリデー」の現地研修を取材した。期間は23(令和5)年11月12日から25日までの14日間で、5人(男性3人、女性2人)が参加。ピーマンやパブリカの収穫、牧場や養鰻場の見学、レンコン料理や利き茶の体験のほか、朝市を見て回るなど多彩な研修が行われた。

研修生の宿泊先 旧小学校の校舎を再生した宿泊交流施設
研修生の宿泊先 旧小学校の校舎を再生した宿泊交流施設

農作業体験

ピーマン、パブリカの収穫

みらい畑の農園
みらい畑の農園

 農業研修は秋晴れの下、みらい畑株式会社が管理する約1反の農園で行われた。同社の宮本大広さんの指導の下、研修生は有機農法で栽培されたピーマンやパブリカなどの収穫作業に参加した。収穫を終えたピーマンなどは根を抜き、役割を終えたマルチシート(畝を覆う資材で地温調節や雑草抑制、防虫などの効果がある)を撤去。研修生はにわか雨にもめげず黙々と作業に励んだ。「腰にきますね」「農作業は初めてで楽しい」(研修生)。

 宮本さんは熊本県出身。新富町に1年前に移住し、有機栽培の小さめの野菜を「腸活ミニ野菜」としてぬか漬けと一緒に販売している。「除草剤を使わないので雑草が根を抜いてもすぐに生えます。ピーマンの天敵は、ヨトウムシ(ヨトウガという蛾の幼虫)。収穫は夏がピークで初秋ぐらいまでですが、この畑は日当たりがよく収穫期間が長いです」(宮本さん)。

黙々と収穫
黙々と収穫
色とりどりのピーマンとパブリカ
色とりどりのピーマンとパブリカ
マルチシートを回収
マルチシートを回収
畑じまい
畑じまい
ピーマンの花
ピーマンの花
収穫したピーマンとパブリカ
収穫したピーマンとパブリカ

地産を味わう

レンコン料理 オーガニック茶

 続いての研修は、新富町の特産品である糸引きレンコンを提供する飲食店「小料理あかね」で昼食を兼ねて行った。町内の水沼神社脇の湖水ヶ池で収穫される天然レンコンは、約300年前に藩主が財政を立て直そうと栽培させたのが始まりとされ、11月から3月までの期間しか味わえない。

 「粘りの強さとイモのようなホクホク感が特徴」と話す店主の小牟田あつ子さんから、レンコン収穫の苦労や植物としての特徴、調理方法などの説明を受けながら、コース料理を賞味した。

 「煮物は一番味が染みていてお勧め。すり下ろした味噌汁(通称ゴリゴリ汁)はトロトロした食感でおいしいですよ」と小牟田さん。研修生からは「味わったことのない風味」「レンコンのコースは初めて」「汁は体が温まる」との感想が聞かれた。

小牟田さん(左から2人目)
小牟田さん(左から2人目)
すり下ろしたレンコンが入った味噌汁 通称ゴリゴリ汁
すり下ろしたレンコンが入った味噌汁 通称ゴリゴリ汁

 次の研修は、豊緑園代表の森本健太郎さんが経営する「サロン・ド・テ・もりもっ茶」での利き茶体験。森本さんは、農薬と化学肥料を使用せず有機JAS認証ほ場でオーガニック茶を育てている。当地は年間の日照率が高く、清新な空気と水に恵まれ茶の生産に適し、江戸時代より栽培が行われている。

 淹れ手の戸越幸恵さんから茶の育て方や摘み方、各品種の特徴の説明を受けながら、研修生は宮崎生まれで5月の満月の日に摘んだ一番茶「やまなみ」など9品種の茶から5種類の茶を選択。冷茶と温茶両方を試飲した。「桜の葉の香りがする」「茶菓ととてもよく合う」「香ばしい」「ぜいたくな時間」などと新しい日本茶の楽しみ方を体験した様子だった。

「香りが立って冷茶とワイングラスは相性がいいです」(戸越さん)
「香りが立って冷茶とワイングラスは相性がいいです」(戸越さん)

牧場体験

ミルクやり 乳搾り 手作りバター

松浦牧場の乳牛
松浦牧場の乳牛

 松浦牧場は乳牛と肉牛を計140頭育てており、50年の歴史がある。牧草地の土壌や生乳の殺菌方法の研究と改善を重ねた牛乳は、2020(令和2)年から3年連続で生乳品質共励会(九州生乳販連)の優秀賞を獲得。2代目経営者の松浦千博さんは、米国のカリフォルニア州やイリノイ州で農業や酪農を学んだ。「良い餌と水、体調管理、清潔な環境など牛が快適に過ごせるよう注意しています。いい牛乳を作りたい」と牛と牛乳への思いを熱く語った。

 最初に松浦さんや牧場スタッフから運営の苦労や牛の育て方、酪農の課題などの説明を受けた後、子牛へのミルクやりや乳搾りを体験。研修生は子牛の吸う力に驚く一方、乳搾りでは松浦さんの指導通りに、牛の体を手でなでて安心させながらもう片方の手で搾っていた。搾乳は朝7時と夕方4時ごろの1日2回行うという。 「牛の体と生乳が温かい」(研修生)。

 最後のバター作りでは、牧場の低温殺菌牛乳に生クリームを入れたシェーカーをひたすら振る。「シャカシャカという音に変わると、遠心力で脂肪分が分離されバターができています」(松浦さんの奥さん)。研修生は10分程度振り続け、出来上がったバターをビスケットに載せ味見した。

ミルクやり
ミルクやり
乳搾り体験
乳搾り体験
牛と一緒に
牛と一緒に
バター作りでひたすらシェーカーを振る
バター作りでひたすらシェーカーを振る

養鰻場見学

養鰻は母親業 日本産ウナギが人気

 宮崎県のウナギ養殖の生産量は、鹿児島県、愛知県に続き全国で3番目に多い。一ツ瀬川沿いは豊富な地下水に恵まれ、周辺には多数の養鰻場がある。株式会社中村養鰻場は50年以上の歴史があり、代表取締役社長の中村哲郎さんは2000(平成12)年に東京から新富町に帰郷し、跡を継いだ2代目。毎年秋から暮れにかけウナギの子のシラスを仕入れ、翌年の土用の丑(うし)の日に向け170坪の池で3万3000匹のウナギを養殖している。中村社長から養鰻の環境やウナギの生育、調理方法についてレクチャーを受けた。
 中村社長によると、ウナギは日本や中国、韓国、台湾で養殖されており、国内市場は縮小傾向だが、日本食の普及で海外でも日本のウナギが注目されている。台湾では風味が良いと評価が高く、新富町も台湾向けに輸出を始めた。調理方法は、関東と関西では蒸す、蒸さないなどの違いがあり、宮崎では地焼きと言って蒸さずに魚を焼くように皮から焼くという。
 「素材の点も大きいが、香りが悪いとうまくない。最初に食べさせるものが大事。餌は魚粉など。人と違いウナギは声を出さないので、餌をもっと欲しいのかどうか様子をじっと見守っている。養鰻は母親業みたいなものです」と養鰻への思いも語ってくれた(中村社長)
 同養鰻場は全国の問屋に卸すほか、「お客さんと直接話してニーズをつかみたい」と営業で開拓したうなぎの丼店にも提供している。レクチャー中に加工品のオリジナルブランド「味鰻」の白焼きと蒲焼が振る舞われ、研修生たちは舌鼓を打った。「味鰻」は、新富町のふるさと納税の返礼品の目玉になっている。
中村社長(左奥)
中村社長(左奥)
香ばしい香りの白焼き
香ばしい香りの白焼き
 レクチャーの後は、中村社長の弟の中村功さんが代表取締役社長を務める「まる功うなぎ株式会社」の養鰻場を見学。「一年を通してウナギを提供してほしいというお客さんの要望に応える設備を作った」(中村哲郎社長)という施設内の温度は常時30度。額に汗を滲ませる研修生たちは、「生のウナギは迫力ありますね」などと養殖の様子に見入っていた。
養鰻場を見学
養鰻場を見学
ウナギに絶えず水を
ウナギに絶えず水を
養殖中のウナギを見学
養殖中のウナギを見学
見学を終了
見学を終了

朝市の見学

地域コーディネーターに聞く

 新富町商店街で毎月第3日曜日に開催されている「こゆ朝市」に足を運んだ。みらい畑や松浦牧場など約20店が出店し、研修生たちはにぎわいを楽しみながら6次産業化の取り組みなどを見て回った。朝市の会場で、研修の受け入れ先で地域コーディネーターの株式会社WONDER COMMUNICATIONS代表取締役の高橋邦男さんに話を聞いた。
 高橋さんは、2017(平成29)年に新富町が設立した地域商社こゆ財団の創業メンバー。23(令和5)年春に執行理事を退任後は自らの会社を立ち上げ、町の活性化に尽力している。高橋さんは、「20年前から編集者としてキャリアを重ねてきました。良いものは全国どこにでもありますが、それを編集者の視点で発見して多面的に捉え他の人にどう伝えていくかを大切にしています。今後も新富町の可能性を広げ、仲間と一緒に模索しながら仕事の幅を広げていきたい」と今後の抱負を語った。
高橋邦男さん
高橋邦男さん

研修生に聞く

有機栽培の現場を知りたい

鈴木 芳樹 さん(49歳) 東京都在住

―個人でコンサルタントをしている。電力が専門。顧問を務める会社が有機栽培の事業を始め、その現場を知ろうと思い参加した。
―(新潟県の)南魚沼でコメの農業体験はあるが、今回のピーマンのように作物が違うと農作業の中身が全然違う。
―有機栽培はコストや生産量が価格などに反映しておらず、まだ課題が多く、それをどう克服するかを考えていきたい。

長島 静子 さん(49歳) 東京都在住

―管理栄養士をしていて、病院の食堂で23年間食に携わり患者さんに少しでもおいしく食べてもらおうと努力してきた。新しい病院へ移る予定で食材を見直し、改めて(患者さんの)食事について考えたいと思い参加した。
―(みらい畑の)宮本さんの農園でニンジンを引き抜いたときの香りに驚いた。作物を収穫し食べ、食材のおいしさを感じた。
―今回の体験を生かして患者さんにできるだけおいしく食べてもらえるよう努力していきたい。

岡井 英子 さん(46歳) 京都府在住

―病気治療中に向田邦子さんの「食べることは生きること」との言葉を思い出し、食物について考えるようになった。2024年京都市内でブックカフェをオープンする。店で出す野菜の栽培地を見たいと思っていたところにJALから研修のメールが届き、参加した。
―滞在中は晴天が続きとても気持ちよかった。天候に影響される農業はいろいろ厳しい点があると思うが、出会った人がみんな宮崎の太陽みたいな曇りのない笑顔で迎えてくれた。あの笑顔に出会えただけでも参加してよかったと思う。
―ブックカフェでは元国語の先生ならではの一推しの本を置き、子どもたちの考える力と広い視野を育む場にしたい。考える力を育む場所として塾のようなものを開く予定。
また、赤ちゃんから年配の方まで誰もが安心して食べられる食事や大人向けの講座も提供したい。
インタビューに協力してくれた研修生
インタビューに協力してくれた研修生
(了)
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