佐賀県鹿島市は県南部に位置し、佐賀市から南西方向に約60キロの距離にある。人口は約2万8000人(2023〈令和5〉年12月)。東に有明海が広がり、大潮の時には日本最大の干潟が現れる。渡り鳥の重要生息地であり、生産量日本一のノリやムツゴロウをはじめとするさまざまな珍味、干潟を活用した地域おこし「鹿島ガタリンピック」など、有明海は当市に大きな恵みを提供している。日本三大稲荷の一つと言われる祐徳稲荷神社は佐賀県を代表する観光地で、年間280万人が参拝に訪れる。近年は外国人観光客が増え、おみくじも多言語で用意されている。江戸時代に長崎街道の宿場町として整備された肥前浜宿には往時の伝統的な建物が数多く残り、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。造り酒屋を巡る酒蔵ツーリズムも人気だ。 今回は市内の山間部にある農家民宿や農園で農家の暮らしや農業を学ぶ現地研修を取材した。研修は2023(令和5)年の12月9日から22日までの14日間で、女性4人が参加。ミカンやソバの収穫・脱穀、畑の畝作りなどの1次産業、そば打ちやミカンの加工、ユズやカリンのシロップ作りなど農家の暮らしを学んだ(取材は21、22日に実施)。
農家の暮らしを学ぶ
農家民泊「あんちゃん家」
研修の受け入れ先で研修生の宿泊先でもある農家民泊「あんちゃん家(ち)」は、有明海を見渡せる山あいにある。オーナーの大曲寿子さんが「親戚のおばちゃん家」をコンセプトに自宅をリニューアルし、お客さんを楽しませながら自分のペースで無理せず自分も楽しもうと始めた。大曲さんが農家として取り組んでいる※「菌ちゃん農法」は化学肥料や農薬を使わず人や環境に優しい農法。「私の夢は、高校生たちに菌ちゃん農法を勉強してもらい、栽培した野菜を食べてもらうこと。作育と食育ですね」と語る。 ※『菌ちゃん農法』とは微生物(菌ちゃん)を活用した有機栽培法で、NPO法人「大地といのちの会」理事長の吉田俊道氏が提唱
果実のシロップ作り 発酵あんこ
この日の研修は農園での作業が予定されていたが、寒波の影響などもあり屋内に変更。あんちゃん家の居間でユズとカリンのシロップやあんこ作りに取り組んだ。大曲さんから日々の農家暮らしについて、貴重な話を伺いながら作業を進めた。シロップはお茶やジュースに入れて風味を楽しみ、あんこは団子に使う。
ユズとカリンのシロップ
大曲さんの指導の下、シロップ作りから開始。まず生のユズとカリンを皮ごと切るのだが、カリンの果肉は硬く、研修生は「生のカボチャより硬い」と言いながら力を込めて刻んでいった。今回は刻んだユズとカリンの果肉を同じ容器に一緒に入れるが、単独で漬け込む場合もある。砂糖は、氷砂糖とざらめを用意し、氷砂糖用、ざらめ用それぞれの容器に分け、それぞれ果肉を順番に重ねて入れていく。種については、渋味があるユズは使わないが、カリンの方は苦味がなく甘いので一緒に漬ける。種はちらばらないように小さな袋に入れておく。シロップは2週間で完成する。 大曲さんは、ユズやカリンのほか、ドクダミやビワの葉(種も使う)、梅、プラムなどをホワイトリカーで漬けている。梅は大きさや種類で風味が変わるという。大曲さんは、「昔はどこの農家も作物を大事にしていました。日本に昔からあったものを生かして本来の日本の暮らしに戻すことが大事だと思います」とこの研修の意味を説いた。 作業終了後、大曲さんが作ったユズのシロップをお湯に入れて味見した。研修生から「香りが立ちますね」「料理に使うとおいしそうです」「風味がすごくいい」などの声が聞かれた。
あんこ作り
大曲さんは自宅で栽培した小豆で発酵あんこを作っている。発酵あんこは、米麹を使って小豆を発酵させる作り方で、砂糖を使わないが甘い。研修生は収穫した小豆から不出来のものやごみを取り除く作業を手伝った。作業を終えると、大曲さんから手作りの発酵あんこと甘酒が振る舞われた。
研修を振り返る
14日間の日程を終え、研修事業者「九州のムラ」の養父信夫さんの進行で研修の振り返りを行った。研修生からは「農家さんの野菜に対する熱い思いを感じた」「すべてが初めてで刺激的な毎日だった」「(この土地の方々に)生きる力を感じた」との感想のほか、「菌ちゃん農法を参考にプランターで野菜を作りたい」「農家と関わりたい、自宅で野菜を作ってみたいと思うようになった。この変化がうれしい」といった実践に向けた意気込みなども語られた。最後に養父さんが「今回の体験を皆さんのこれからの人生にぜひ生かしてください」とエールを送って研修を締めくくった。
農家民宿「みんなの家」
タイのドラマにも登場
研修前半の宿泊先となった民宿「みんなの家」は鹿島市の山間にあり、ミカン畑に囲まれた有明海が一望できる絶好のロケーションに建つ。佐賀県内で2番目にできた農泊で、イノシシ肉の鍋やハンバーグなどジビエ料理が名物。地域のイベントに協力し、鹿島市のフィルムコミッションを通じてタイのドラマにも登場するなど人気が高い。研修生たちはここから徒歩でミカンやソバの収穫などの農作業に出向いた。 主人の永吉絹子さんは縫製の仕事をしているが、15年ほど前に民宿をやりたいと思い立ち、元ミカン農家の古民家を改装して始めた。宿泊の仕事は初めてで苦労もあったという永吉さんは「今はコロナの影響もなくなり、ドイツやスウェーデン、タイ、韓国などからお客さんが来てくれてうれしい」と語る。
研修生に聞く
濱田 佑香 さん 山口県在住
- 研修に参加した経緯を教えてください
―20代のときに全国のいろいろな所を自分の目で見て、働きたいと思った。「おてつたび」(旅と仕事のマッチングサービス)で情報を集めていたときにこの研修を知り参加した。自分の知的好奇心を大事にしたい。土に触れてみたい。
- 研修に参加した印象はいかがですか?
―思いがけない出会いがあった。これまで農業に接点がなかったが、菌ちゃん農法で野菜を作ってみたいと思うようになった。
- 今後の展開について
―やりたいことはまだ固まっていないが、「おてつたび」で1年働きながら自分の知見を広げたい。そして人の役に立ちたい。
歌野 敬子 さん 大阪市在住
- 研修に参加した経緯を教えてください。
―長くアパレルの仕事をやってきて外の世界を見てみたいと思った。体調を崩し食べ物に注意するようになり、インスタグラムでこの研修を知り参加した。
- 研修に参加した印象はいかがですか?
―2週間も知らない人と過ごし農村に溶け込めるか不安もあったが、皆さん温かく、受け入れ先の方々もとても親切で参加してよかった。
- 今後の展開について
―手を動かすのが好きで菌ちゃん農法を参考に家庭菜園で野菜を作ってみたい。
K.T さん 東京都在住
- 研修に参加した経緯を教えてください。
―人生のターニングポイント(年齢)を迎え一人の人間として農業と向き合いたいと考え、いろいろ調べていくうちに九州のムラのインスタグラムの案内を見て応募した。
- 研修に参加した印象はいかがですか?
―天候に左右され予定通りではなかったが、求めていた通りの研修だった。
- 今後の展開について
―私には土が重要なキーワードで、多様な人が土と関われる農福連携のようなことを
やりたいと思っている。
M.I さん 福岡市在住
- 研修に参加した経緯を教えてください。
―無農薬でバラを育てている。九州のムラのインスタグラムに菌ちゃん農法の記載があり、興味があって参加した
- 研修に参加した印象はいかがですか?
―初めて来たが、野菜がおいしく空と海が近い。こちらで野菜を作りたいと思うようになった。
- 今後の展開について
―今回習ったことをプランターでやってみたい。福岡と鹿島の2拠点の暮らしを考えている。こちらの地域の方は人間力がすごい。ボランティアなどで貢献したい。
(了)