群馬県の北西部に位置する中之条町は新潟県や長野県との県境にあり、1955(昭和30)年に旧中之条町、沢田村、伊参村、名久田村の4町村が合併、誕生した。今回の取材地である六合(くに)地区(旧六合村)は、2010(平成22)年に中之条町に編入された。
町内には四万、沢渡、尻焼など温泉が9カ所ある。近隣の草津温泉は高温で酸性度が高いが、道の駅六合にある応徳温泉は弱アルカリ性で「草津の上がり湯」として知られる。
六合地区にある赤岩集落は、古くから群馬の主要産業であった養蚕が盛んで、今も養蚕農家建築が多数残る。2006(平成18)年には、群馬県初の国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された。同集落の湯本家には蘭学者で「蛮社の獄」で知られる高野長英がかくまわれていた。
また、当地一帯はかつて鉱山として栄えた。採掘された鉄鉱石は搬出用貨物専用線の太子線から吾妻線を経由して高崎から全国各地へ出荷され、戦後日本の復興に大きく貢献していた。のちに旅客も輸送するようになったが、鉱山の閉山とともに1971(昭和46)年に廃止された。
主な産業は観光と農業で、農業は山間の小規模農業が中心。六合地区は面積の9割を山林と原野が占め、野菜類、花卉(かき)、特産品の「花いんげん」などの豆類が栽培されている。特に花卉栽培が盛んで、花卉市場において「六合の花」という独自のブランドを確立している。中之条町のホームページによれば、六合地区からは年間100種類を超える切り花が出荷されており、「一つの産地でこれだけの種類の切り花が栽培されているところは全国でも珍しい」地域だという。一方で、高齢化により生花の出荷作業が体力的に厳しい農家も増えており、生花以外の新しい生産スタイルを確立しようとドライフラワー事業を推進している。
六合地区で、ドライフラワー作りや地元伝統行事を学ぶ現地研修を取材した。研修は、1月18日から20日までの3日間で、参加者(男性1人、女性8人)は、ドライフラワー作りや正月を締めくくる伝統行事である「どんど焼き」の準備作業や運営を学んだ。
ドライフラワーアレンジメント
最初の研修では、中之条町が運営する「中之条 山の上庭園」でドライフラワーアレンジメントを学んだ。同施設は、自然と触れ合い、花を楽しむ体験型施設。高山植物のシラネアオイやコマクサ、クリスマスローズなどの花を楽しめる。
指導する同施設の淵上奉夫支配人は北九州市出身。福岡で花屋を経営していたが、花卉で有名な当地で花作りをしようと移住した。
最初に座学で同施設の運営やドライフラワーを始めた経緯などを聞いた。
「この施設は今年で23周年を迎えます。花屋をやっていたので経営と植栽双方の経験があり、移住時に村長から頼まれてこの施設の運営を助けることになりました。群馬の花の特徴は草花が中心。六合地区では一軒の農家が10~20種類の花を栽培しており、多彩な作り方ができるのでドライフラワー作りに向いています。昨年からドライフラワー作りを始めましたが、コロナで癒しが求められているようで売り上げが伸びています。評価が高く、全国的な問屋から問い合わせが来ています」(淵上さん)
最初に淵上さんから研修生に「(ドライフラワーを)作ったことがある方は?」との質問があり、回答はゼロだった。「全員初めてでよかったです。作ったことがある人は経験に影響され、私の指導がうまく届かないことがあります」(淵上さん)
続いてドライフラワー作りの説明に入った。ドライフラワーには、ブーケ(球形)、スワッグ(壁掛け)、リース(サークル)、ハーバリューム(オイルを浸したガラスの瓶に素材を入れる)の四つの作り方があり、今回はリースを作る。
「基本は自由にやってください。要点だけ説明します。部屋内にある材料は何でも使っていいです。まず、ひもで輪を作ります。表裏(の飾り付け)は皆さんの感性で。ボリュームのあるパーツは寝かせて使います。一つの種類で飾ればやりやすいですよ。アジサイがテーマならアジサイの材料を集めればまとまりやくなります」(淵上さん)
研修が行われる部屋には、淵上さんが作成、収集した無数の花材がある。研修生たちは自分の作品イメージに合う材料を探し、淵上さんの丁寧な指導の下、それぞれドライフラワーの制作に励んだ。
埼玉県から移住した中之条町の相馬教道さんは、地域おこし協力隊の同施設所属として淵上さんをアシストしている。同隊の任期後は六合地区に残り、ドライフラワー専門の店立ち上げの準備に入る予定だという。
「淵上さんのドライフラワーの作品に惚れ込みこの地区にやってきました。六合村時代の30数年前は、花農家が100軒ありましたが、今では60数軒で高齢化が進んでいます。この地区の生花の売り上げは年間1億5000万円ぐらいですが、ドライフラワーだけで同じ市場規模を作ることができれば大きな地域振興になります。六合地区の花の種類の多さを生かしたい。昨年からドライフラワー事業を始め、7万本を売りました。今まではプロモーションの課題がありましたが、ウェブでの展開を進めていて少しずつ成果が出てきました。法人向けは順調です。今後は個人向けを強化して日本初のドライフラワーブランドを立ち上げたいです。日本はまだまだドライフラワーの流通量が少ないので将来性は高いと思います」と相馬さんはドライフラワーの将来性について熱く語った。
中之条町の移住・就農・起業支援事業について
次の研修は、研修生が宿泊している旅館「くじら屋」へ。中之条町役場六合支所の山本俊之支所長より、中之条町の移住や就農、起業などの促進事業について説明を受けた。
中之条町では、町内で起業する人や新規就農者への各種支援制度や移住・定住を促進する事業など各種の補助事業を推進している。
山本支所長は同町のさまざまな移住・定住支援事業について説明。「花栽培の移住者が増えており、2020(令和2)年には、8組の家族計10人の移住がありました。定期的に東京で移住説明会を開催しています。花卉の売り上げも伸びており、令和4年末は1億7千万の見込み。高齢化率は、約51%です。高齢の単身者の安否確認は民生委員が行っており、自動車の運転ができない高齢者や障害者の買い物支援として送迎バスを運行しています」など同町の現状と住民サービスについて話した。
地元伝統行事「どんど焼き」に参加
「どんど焼き」は全国的に行われている正月を締めくくる行事。松飾りやしめ縄などの正月飾りのほか書初め、古くなったお守りや破魔矢などを木や竹で組んだやぐらと一緒に積み上げて焼く祭りだ。旧正月のけがれをはらい、新年の無病息災と五穀豊穣を祈る。小正月の1月15日に行われることが多く、当地区も1月15日に催された。
六合地区の「どんど焼き」はコロナ禍の影響で2年ぶりに開催。当地の氏神は弁財天で、祭りの当日は例年、大黒天など七福神の衣装をまとった氏子が家々を回り、福俵を投げるなどして地域を盛り上げている。しかし、今回はコロナ対策の観点から「どんど焼き」のみの実施となった。研修生は六合地区の「どんど焼き」の準備や運営を手伝いながら、地区に受け継がれる歴史や伝統を学んだ。
やぐらの支柱となるモミの木は近隣の山中から切り出される。生のモミの木で今年は6メートルの高さのものを使う。以前は10メートルの木を使うこともあったが、やぐらのてっぺんに、だるまを乗せるなど高所の作業も多く危険なため、だんだん低い木を使うようになったという。やぐらにはモミの木のほかに近くで伐採されたアララギの木や葉などを使う。
藁(わら)や縄を使ってモミの木の形を整え、3方から縄で引っ張り支柱を立てる。モミの木が立ったら、一定の量のアララギの枝や葉などを周囲に巻き付け縄で縛る。そして、やぐらの先にだるまを置けば完成。
研修生たちは、地区の人から指導を受けながら、力を使う約3時間の作業を休まず手伝った。首都圏出身の研修生は、「こんな体験なかなかできません。全然疲れません。とても楽しいです」とうれしそうに話した。
農業をしてみたい
3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
藤城見友希さん(千葉県在住)
―プログラム参加のきっかけを教えてください。
今回の研修の広告をインスタで見ました。家庭菜園をしていて農業を学びたいと思っていましたし、村おこしにも興味があります。大自然のなかで暮らしたい。メリットもデメリットも含めて地域の人と関われる体験をしたかった。
―実際に現地で参加してみていかがでしょうか?
前回の研修では、花農家で普通では会えない方と面会し、本音や課題を聞くことができてよかったです。まだまだ多くの体験をしたいし観光資源ももっと見てみたい。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
地域の人と同じ目線で観光地を見て、外部の人間がどう関われるかについて考えたい。
渡邊里沙さん(東京都出身)
―プログラム参加のきっかけを教えてください。
自然の中で子ども(1歳と2歳)を育てたいと思い移住先を探していたところ、SNSでこの研修を知り参加しました。
―実際に現地で参加してみていかがでしょうか?
子供連れの研修を認めてもらいありがたかったです。また、メンバーに恵まれ、助られながら研修ができて感謝しています。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
夫も移住に同意しています。一つの移住先としてこの六合地区を考えており、ホームステイしながらお試しで短期移住などができたらいいなと思います。
日向高一さん(兵庫県出身)
―プログラム参加のきっかけを教えてください。
食に関わる仕事をしていて現場の農家の人がどういうことで悩んでいるのか聞ける機会が欲しかった。コンサルの仕事もしているので農家の本音を聞いてやれることを提案したいです。
―実際に現地で参加してみていかがでしょうか?
人のいい方が多いという印象を持ちました。
―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?
こちらに移住はしませんが、いろいろ関わりたいと思っています。温泉も草津と泉質が違って草津より柔らかい。この地区の観光資源と何かコラボができれば面白いと思っています。