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北摂の豊かな農村で農的暮らしとビジネスを学ぶ 大阪府豊能町

北摂の豊かな農村で農的暮らしとビジネスを学ぶ 大阪府豊能町

 大阪府の北西部に位置する豊能町は、大阪の中心地より車で40分の位置にあり、京都府(亀岡市)と兵庫県(川西市)と隣接する人口約2万人の山里である。同町の東南部の標高は400~600メートルの高さにあり、大阪市内より気温が3度程度低い。同町の東にある高山地区はキリシタン大名で知られる高山右近の生誕地で、隠れキリシタンの里としても知られている。

 主な産業は農業や林業、食品加工などで、大阪府が認定している「なにわの伝統野菜」の高山真菜と高山牛蒡(ごぼう)のほか、南米原産のヤーコンなど、特産の野菜も多い。

 高山右近の妻である「志野」の名をもらった産直野菜直売所「志野の里」では、前述の特産野菜やその加工品、地産米の「きぬひかり」などを販売しており、町内の観光拠点にもなっている。

 農業と共にある暮らしとビジネスを学ぶ研修プログラム「複業村の農Ⅹ」が、同町で昨年11月から4カ月間にわたり行われ、参加者(男性6人、女性6人)は、地元野菜の収穫などの農作業や野菜直売所、味噌加工品づくりの見学、移住者や地域住民との交流などを通じて、豊能町の魅力や農業、ビジネス、移住について学んだ。研修は、オンラインによる事前講座(12講座)ののち、2泊3日(4回)と1泊2日(1回)の実地研修が、計14日間行われた。

 2023(令和5)年2月18日に研修最後のプログラムとして開催された最終プレゼンテーション大会(研修生が研修成果を発表)を取材した。

第1回「ビュースポットおおさか」に選ばれた「高山の棚田を眺める坂道」
第1回「ビュースポットおおさか」に選ばれた「高山の棚田を眺める坂道」
豊能町高山地区は、キリシタン大名の高山右近の生誕地でもある
豊能町高山地区は、キリシタン大名の高山右近の生誕地でもある
豊能町特産野菜のヤーコン。ナシのような食感できんぴらにするとおいしい
豊能町特産野菜のヤーコン。ナシのような食感できんぴらにするとおいしい
豊能町産のコメ「きぬひかり」。農家直売所の「志野の里」で販売されている
豊能町産のコメ「きぬひかり」。農家直売所の「志野の里」で販売されている
産直野菜直売所「志野の里」
産直野菜直売所「志野の里」

私の理想の農ライフ

 最終プレゼンテーション大会は、豊能町の西公民館の会議室で行われた。プレゼンの条件として、豊能町への移住および半移住を前提としたアクションプランであること、実現のイメージができる具体性があること―などが今回の研修実施主体である農ライファーズより提示されている。

 研修生らは、事前に作成した資料を基に自分が目指す方向性やプランについて制限時間5分間以内でプレゼンを行った。資料はプロジェクターで白板に投影。各研修生のプレゼンが終わると、農ライファーズの久保田さんと堀江さんが講評し、研修を支援した地域の関係者の方たちの審査結果を発表した。

 〈以下は各研修生の主なプレゼンテーション内容〉

プレゼンテーション大会が行われた豊能町西公民館
プレゼンテーション大会が行われた豊能町西公民館

川勝さん 町を盛り上げる「とよのば」を実現させたい

川勝さん 町を盛り上げる「とよのば」を実現させたい

 川勝さんは大阪府生まれで、研修期間中の今年2月にパートナーと豊能町に移住した。“豊能町から世界を幸せにする”をテーマに「とよのば」の設立を提唱。

「自分の体験から移住にはいろいろなハードルがあることが分かった。移住のハードルを下げるサービスを展開し、移住者を増やしたい。大阪府で幸福度No.1ともいわれる豊能町はもっと快適に暮らせる可能性がある。交流人口を増やして豊能町の幸せを広め、豊能町をより楽しく快適に暮らせる町に、そしてもっと幸せな町にしたいと思います。

 具体的には、豊能町に関わる人たち(町民、移住者、訪問者)が関わり、助け合い、一緒に楽しみ、町を盛り上げる場『とよのば』を作りたい。キーワードは“シェア”。農機具や店舗、畑などをシェアすることで交流を促進します。令和8年を目標に廃校を活用した『とよのば』の実現を目指します」

村田さん 農ライフの体験ができるガーデンを

村田さん 農ライフの体験ができるガーデンを

 村田さんは兵庫県生まれ。大阪府の北摂で育つ。看護師としてまず自分が元気にならなければとの思いからこの研修に参加。研修前は心と体がバラバラになっていたが、研修が終わって明らかに元気になったことから、農ライフはセルフケアに直結していると実感したという。

「『まりばぁちゃんの庭プロジェクト』は、自分がおばあちゃんになるまで続くライフワークとしてのセルフケア活動。医療や薬で対処できない問題を解決するためのプロジェクトです。健康は社会的要因に大きく影響されます。健康に対する自然の有用性や地域のつながりを大事にして『農』『飲食』『体験』を組み合わせた“人が集う居心地のよい場所”を展開していきたい。

 具体的には、耕作放棄地を『心と体の健康増進の畑』に変え、農家の飲食物を販売し、農ライフの体験ができるガーデンをライフワークとして作っていきたい」

芳仲さん 里山で学校を作りたい

芳仲さん 里山で学校を作りたい

 芳仲さんは大阪府出身。フランス留学中にフレネ教育(「子ども主体」、「自由な学び」の観点で学習環境を整える教育法)と出会い、それがきっかけで「コクレオの森」の活動に参加している(今年から「認定NPO法人コクレオの森」副代表理事)。里山の意義に着目し、里山のことをもっと知りたいと研修に参加した。

「日本の山は18世紀に至るまで過剰に活用され、大阪城など巨大建造物や住居のために森林は伐採され荒廃した。徳川四代将軍家綱が山の伐採を禁止するなど徳川幕府によってようやく保護政策が始まり、里山の生活が持続可能で安定したものになっていきましたが、明治維新時の盗伐・乱伐、第2次世界大戦の軍事物資調達による森林破壊、1960年代の燃料革命による里山の宅地化―など3度の破壊を経て、里山はようやく保全に向けて動き始めた。里山は財産です。里山で学校を作りたい」

矢野さん 人と人が集まれる場所を

矢野さん 人と人が集まれる場所を

 矢野さんは大阪府生まれ。保険外交員や化粧品日用品の営業、マンション販売など職歴多数。人と人がリアルに触れ合える場所を作り、自然と共に生きる生活にシフトしたいと研修に参加した。

「昨年吹田の自宅近所でシェア畑を借りたところから私の農ライフがスタート。現在は豊能町の貸農園の手伝い、能勢で休耕田の再開拓などをしています。思い切った行動をしないと変われないと、この研修中にサラリーマン生活に終止符を打ち、人と人が集まれる場所(飲食店)の開設準備に入りました。自分や友人が作ったおいしく健康的な野菜やジビエを使った料理を出していき、里山に興味を持つ人を増やしたい。2拠点生活が始まりましたが、いずれ豊能町に軸足を置いた生活をしたいと思います」

山崎さん ご縁をまるくつなぐ場所を作りたい

山崎さん ご縁をまるくつなぐ場所を作りたい

 埼玉県在住の山崎さんは、オンラインで参加。祖父母が農業を営んでいたので小さい頃から農業が身近にあり、2022(令和4)年に自然栽培の野菜作りを体験。土のことや循環型農業に興味を持つ。豊能町で出会える人たちの活動に魅力を感じ、参加した。

「今年から自宅近くで無農薬・無化学肥料の野菜作りを始め、他の地域の農家さんが栽培した野菜と一緒に販売を始めます。野菜や果物を使った製菓の販売もやってみたい。また、食や野菜のワークショップを開催し、ワークショップを開きたい人や受講したい人が利用できるレンタルスペースの運営もしてみたいです。トヨノ部(※)へも参加し、豊能町での農業体験や町の良さを情報発信し、まずは自分でもレンタルスペースを借りて地域の名産品や野菜を販売し、観光や二拠点生活、豊能町への移住のきっかけにつなげていきたいと思います」

 (※トヨノ部=豊能町の町おこしを部活動と称して楽しみながら町の魅力を伝え、豊能町好きを増やす活動をしている)

大澤さん リーマンライファーズとしてまず一歩を

大澤さん リーマンライファーズとしてまず一歩を

 大澤さんは、東京都生まれ。体育大学を卒業し、広告代理店で勤務している。実家が農家で、大学時代に地域貢献などで月に1~2回農家の手伝いをしていた。複業で農業と関わる仕事がしたいと研修に参加した。

「自主的に生きている豊能町の方々との出会いの価値を多くの人に伝えたい。豊能町への移住はまだ難しいので東京でサラリーマンをしながら、豊能町の方々と都心の方々をつなぐ野菜直売所をやってみたいと思います。この計画はおもちゃ箱のような空間を創りたいという意味を込めて『Toy box』と名付けました。野菜直売所に喫茶店やレンタルスペースを設け、持続可能な経営を実現したい。まずは、サラリーマンをしながら自然と共にある暮らしを目指します」

佐藤さん ストレスのない生き方と子育てができる環境を

佐藤さん ストレスのない生き方と子育てができる環境を

 横浜市に住む佐藤さんは、娘の出産を機に心を育む親子教室を開始。個人でオリジナルのメソッドを使った子育て全般のサポートをしている。出産を機に娘と農業をしたいと思い、最近まで畑を借り野菜や果物を育てていた。娘の良い教育環境を模索していた際に豊能町と出会い移住を考えていたところに今回の研修を知り、参加。

「豊能町には、子どもが遊び子育てしやすい環境があり、私が思っていた移住先のイメージ通りの所でした。娘の気持ちもあるので2拠点での半移住から始め、ゆくゆくは移住したいと思います。生活ビジョンは、オリジナルの子育てメソッドの認定講師養成講座を、横浜を拠点に全国へ展開し、豊能町の魅力を知ってもらう「里山おやこ留学」を豊能町でスタートさせ、この二つを連携させて2拠点生活を実現させたいです。やりたいことは我慢しないで全部やり、ストレスフリーな生き方と子育てができる環境を作りたい」

山下さん 自然環境を学び、語り合える場を作る

山下さん 自然環境を学び、語り合える場を作る

 宮崎県出身の山下さんは、東京でコンサルタントとして勤務している。大学時代に熊本地震を経験。スーパーやコンビニから食べ物が消え、自分が生きることにいかに脆弱(ぜいじゃく)かということを思い知らされたという。自然や農業と共にある暮らしや一つの職業に依存しない人生を送りたいと今回の研修に参加した。

「自分が楽しんで暮らしながら、自然や生物の多様性を保全し、世の中の人が自然や生物を学び接する機会を作りたいと思います。具体的には、豊能町で農的な暮らしを実現し、地域の自然の保全活動を行いながら、本業の自然関連の仕事(コンサルティング)や農地での環境・防災教育事業、ジントニック専門のバー(語り合える場所の提供)の経営などを組み合わせ、豊能町での農Ⅹライフの実現を目指します。週に3日東京で仕事して残り4日は豊能町に通い、最終的には移住したい」

藤さん 多様な価値観の人が一緒に楽しめる食品や場を

藤さん 多様な価値観の人が一緒に楽しめる食品や場を

 藤さんは、大阪府出身。大阪府内の公立小学校の教員として勤務後、現在はオルタナティブスクール「箕面こどもの森学園」に勤務。いずれは豊かな自然の中で農ライフを行いたい、そして農ライフを本業に生かし、副業につなげられたらとの思いから研修に参加した。

「数年前から徐々に菜食中心の食生活に移行しており、私のテーマはVEGAN(※)です。VEGAN対応食品を普及させ、菜食主義の人の選択肢を増やすとともに多様な価値観を互いに認め合う社会の創造に寄与したい。コメを中心とした加工食品を製造・販売し、食事に制限がある人もそうでない人も一緒に楽しめる食品や場を作りたい。豊能町はおいしい農作物が多いのでこのコンセプトと親和性が高く、地域の野菜や果樹を使って共同的に事業を行えると思っています」

 (※VEGAN=卵や乳製品も含む動物性食品を一切口にしない「完全採食主義者」のこと)

森下さん 人と人をつなげる場所に

森下さん 人と人をつなげる場所に

 森下さんは、大阪府出身。大学で田舎の地域活性化を学んだ際に農と触れ合い、取れたての野菜のおいしさに衝撃を受けた。農業に可能性を感じて自分の畑を持つのが夢となり、今年から「とよの就農支援塾」(豊能町主催)に参加。2月に豊能町に移住し、4月から新規就農する。現在は農家直営飲食店のマネージャーを務めている。

「私の豊能町でのテーマは、“理想の田舎暮らしの実現をサポートし、人と人をつなげる場所になる”ことです。農や田舎暮らしに興味がある人を農業に巻き込み、健康と収入をみんなが得られるような持続可能なビジネスを展開し、地域のオーガニック自給率を上げたい。具体的には、農業ビジネスの拠点となる集会所で、「農家を目指す人が集まって話し、考える勉強会」「農業体験で農と触れ合い、取れたての野菜のランチを楽しむ会」「豊能町にふらっと来た人がバーベキューで飲んで楽しむ会」―を展開していきます。参加申し込みは、SNSで受け付けています」

全体講評とプレゼン審査結果発表

全員のプレゼンテーションが終了し、農ライファーズの久保田さんが全体の講評を行った。

 全員のプレゼンテーションが終了し、農ライファーズの久保田さんが全体の講評を行った。

 久保田さんは、「中間プレゼンより相当に進化した内容で驚いています。時間も5分間以内に全員収めていただき素晴らしいです。内容はどれが良いとかではなく、それぞれの人生がとても明瞭に描かれていて感動しています。これからもプラン実現に向け進んでください」とエールを送った。

 今回の研修を支援しプレゼンテーションに参加した地元関係者の皆さんによる審査では、森下さんの発表が最高点を獲得し、久保田さんより表彰された。

農ライファーズの久保田さんから表彰される森下さん(左)
農ライファーズの久保田さんから表彰される森下さん(左)

農作業の研修風景

最初の実地研修では、地元農家の方とネギの収穫作業を行い、交流を深めた。

 最初の実地研修では、地元農家の方とネギの収穫作業を行い、交流を深めた。

初対面の研修生同士も農作業を共にしていくうちに和やかな雰囲気となり、14日間の研修が始まった。

地元農家の方の畑で野菜を収穫。畑を見学し、就農までの道のりを伺う
地元農家の方の畑で野菜を収穫。畑を見学し、就農までの道のりを伺う
パクチー農家の方と収穫作業を行った
パクチー農家の方と収穫作業を行った

 (以上3枚:農ライファーズ提供)

研修生に聞く 豊能町は自分の移住先のイメージにピッタリ

 3人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。

川勝さん(大阪府在住)

―プログラム参加のきっかけを教えてください。

 パートナーの豊能町へ移住して農業をやりたいという希望に賛同して2人で参加しました。町の「とよの就農支援塾」に応募し、研修期間中に豊能町へ移住しました。

―実際に現地で参加してみていかがでしょうか?

 研修で地域のいろいろな方と出会えて移住のハードルが下がりました。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 廃校を活用して多くの人が関われ、盛り上がる場所を作り、豊能町の人に楽しんでもらいたいです。いろいろなものをシェアすれば関係が深まります。寝る場所以外はすべてシェアしたらどうかと思っています。

矢野さん(大阪府在住)

―プログラム参加のきっかけを教えてください。

 コロナ禍で自分の食べたいものは自分で作りたいという気持ちが強くなってきました。フェイスブックでつながった方から紹介され、豊能町の貸農園で農業をしていたところ、ここで農業研修があるということを知り、参加しました。

―実際に現地で参加してみていかがでしょうか?

 同じような気持ちや思いを持っている人とつながれてよかったです。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 人と人が集まれる場所である店が6月にオープンします。自分や友人が作ったお野菜やジビエを使った料理を出していきます。

佐藤さん(神奈川県在住)

―プログラム参加のきっかけを教えてください。

 娘のより良い教育環境をずっと考えていてネットで今回の研修を知り参加しました。母が関西出身で豊能町には親和性もありました。

―実際に現地で参加してみていかがでしょうか?

 豊能町は自分の移住先のイメージにドンピシャのところでした。農業と豊能町を知ることができてよかった。研修前は(移住のイメージが)漠然としていましたが今はとてもクリアです。

―これからやっていきたいこと、展開していきたい方向性は?

 急に環境が変わると大変なので娘の気持ちを確かめながら2拠点で生活し、いずれは移住したいと思っています。

豊能町役場
豊能町役場

 本研修では、研修生たちは豊能町で地域に根付いて活動をする30人以上の方たちと交流した。地域で活躍するさまざまな方たちを通じて開催地域の魅力を感じ、これからの生き方のヒントを見つけるきっかけが生まれた。

(了)

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