奄美の魅力と暮らしを学び稲作を体感-鹿児島県龍郷町

奄美自然観察の森から龍郷湾を望む

赤尾木湾の夜明け

鹿児島県大島郡龍郷町は奄美大島の北部に位置し、同島中心の奄美市に隣接している。北は東シナ海、南は太平洋に面し、東部には龍郷湾と赤尾木湾がある。人口は約6千人(2024〈令和6〉年11月)。気候は亜熱帯の海洋性で、湿度が高く降雨量も多い。年平均気温は約21度。アマミノクロウサギなど島固有の動植物が多数生息しており、21(令和3)年に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録された。
同町は「平瀬マンカイ」「ショチョガマ」「八月踊り」など島固有の神事や祭事が今も引き継がれ、世界三大織物の一つと言われる大島紬や島唄(奄美民謡)、黒砂糖、黒糖焼酎、安政の大獄を逃れ西郷隆盛が潜伏した住居跡など、観光資源が豊富。手広海岸は全国屈指のサーフポイントとして知られている。農業はサトウキビを中心にタンカン、パッションフルーツの栽培が盛んで、秋名地区では稲作も行われている。
同町で行われたNPO法人G-netが一般社団法人「E’more秋名」と連携して運営する「ふるさと兼業越境研修プログラム“さとやま越境シェアプロ”」のフィールドワークを取材した。
研修は24(令和6)年10月19~21日までの3日間で、3人(男性2人、女性1人)が参加。龍郷町の暮らしや歴史、島唄や八月踊りなど奄美の食と文化、自然や景観を体感したほか、「奄美稲作保存会」の指導で収穫した稲穂の脱穀作業や増加する耕作放棄地やマコモ栽培の現状、耕作放棄地を稲田に戻す奄美稲作保存会の活動など、実体験や視察を通じて当地の稲作の理解を深め、保存会の課題を確認。解決に向け協議した(取材は20、21日に実施)。

「E’more秋名」「奄美稲作保存会」の活動

一般社団法人「E’more秋名」

研修拠点の「荒波のやどり」 E’more秋名が指定管理者として運営

研修の現地コーディネーターである一般社団法人「E’more秋名」は2018(平成30)年に地域の自然や文化、豊かな暮らしを引き継ぎ、集落存続のための課題解決などを目的として設立された。E’moreは「いもーれ」と読み、「いらっしゃい」という意味の方言。
村上裕希代表理事は神奈川県出身で、地域おこし協力隊として町役場に着任2年目で地域住民有志と同法人を立ち上げた。研修生の宿泊・ミーティング会場の「荒波(あらば)のやどり」を活動拠点として、体験交流事業や研修・現地実習のコーディネートなどの移住・関係人口事業を行っている。活動が評価され、22(令和4)年に農林水産省主催「第9回ディスカバー農山漁村(むら)の宝」の優良事例に選定され、研修初日の10月19日には総務省主催「2024年度過疎地域持続的発展優良事例表彰」が発表され、総務大臣賞に選ばれている。
村上代表理事は「この地域には30年飲食店がなかったと聞く。飲食や宿泊を起点に先輩方がつないできた地域の暮らしぶりを残していきたい」と語った。

一般社団法人「奄美稲作保存会」

奄美大島は平地が少なく、稲作は秋名・幾里地区の約40ヘクタールの平地で行われてきたが、近年では水田の4分の3が耕作放棄地となっている。会代表理事の小池弘章さん(42歳)は神戸市の出身で、23歳のときに海が好きで奄美大島へ。現在は町内のイタリア料理店のオーナーシェフをしながら店の休日に米作りに励んでいる。稲作を始めたきっかけは、「米作りの手伝いをして楽しかったからやってみようとなったのですが、夫婦二人だけではちょっと大変そうに思えたので、友人2家族を誘い3家族でスタートしました」(小池さん)という。徐々に仲間が増えていき、4年前に奄美稲作保存会を立ち上げた。同会は、耕作放棄地の解消、島の環境に合った稲作り、環境保全の方針の基に、理事の泉太郎さん、渋谷丹さんと共に7反(約7アール)の土地(米5反、マコモ2反)で作物を自然栽培で育てている。小池さんは「秋名・幾里の米農家も高齢化が進んでおり、私たちがやらないと奄美の稲作が途絶えてしまう」と米作りの思いを語った。
一度消滅した奄美の黒うるち米を復活させ、商品化を目指し活動。水田が多様な生物の生息地となったことや450年以上続く伝統行事が残る地域ということが評価され、環境省の「自然共生サイト」に名称「真米(まぐむ)の里 秋名・幾里・大勝」として認定された。

農作業体験 稲の脱穀とわらの束づくり

研修生は朝のガイダンスで当日の研修のポイントをE’more秋名の村上さん、G-netの南田さんと確認し、町の農産物出荷場へ移動。保存会の小池代表理事の指導の下、収穫した稲の脱穀と脱穀後のわらを縄で束ねる作業を体験した。同会が栽培する米の品種は「農林22号」と「ハツシモ」など。
小池さんから「最初は全員で脱穀を行い、途中から脱穀を続けるチームとわらを束ねるチームに分かれて作業してください」「脱穀機の音が大きいので作業中に伝えることがあれば肩をたたいてください」などの指示を受け、研修生は大量の稲穂を脱穀機の脇まで運び、脱穀作業を行った。奄美大島は天候の変化が激しく雨が多い。濡れた稲は脱穀機に詰まり故障するので、小池さんはこの日の作業のためにはさがけ(木組などに稲穂を掛け乾燥させる)を前日に行い、出荷場へ取り込んでいた。
脱穀作業をした後、研修生は交代でわらを黒いひもでまとめた。このわらは再度乾燥させ、祭事や神社のしめ縄として使われる。

積まれた大量の稲穂

脱穀機脇の机に稲穂を運ぶ

ひたすら脱穀

わらを縛る

研修生からは「米作りの作業は初めて。わらを運ぶだけでも結構な労働ですね」「農家の手伝いをしたことがあるが、脱穀機は初めて」などの感想が上がった。

収穫した計約300キログラムのもみ米(うるち米ともち米)

保存会の水田や耕作放棄地、マコモ畑を見学

続いては保存会が米作りをしている水田に移動し、耕作放棄地を稲作ができる状態までに行った作業や栽培方法の話を聞いた。
耕作放棄地を稲田に戻す最初の頃は、奄美の田は深くトラクターが埋まるなど苦労が多かったが(田の周りに溝を掘り水はけを良くして対応)、「奄美の土地は雑草が生い茂り稲が自生するなど力があるので自然栽培に向いている。ジャンボタニシの“若い草を食べる”特性を利用し、駆除せずに水田の除草を行っている」(小池さん)と、島の自然の力を生かした栽培方法で収穫量を増やしている。

説明する小池さん(右) 左手前はマコモ畑

続いて耕作放棄地を視察し、放棄地となったそれぞれの経緯や事情を聞いた。当地区で耕作放棄地が増え稲田が減っているのは農業者の高齢化だけでなく、奄美豪雨災害(2010年、11年)の影響で水路が埋まり、地主が耕作を諦めざるを得なかったり、島内で食用に使われるマコモの栽培が同地区でも行われ、稲田がマコモ畑に変わるケースが増えたりしたことなどの理由がある。「マコモは根が深く張るので、栽培を始めて3年が過ぎると根を掘り返す作業が大変で稲田に戻すのは難しい」(小池さん)という。

豪雨で土砂が流れ込み耕作放棄地となった畑

農地見学の後は「荒波のやどり」に戻り、1日目の研修の振り返りを行った。研修生からは「久しぶりにしんどい農作業だった」「農機具の便利さを感じた」「保存会が直面する課題が多いことが分かった」などの声があった。村上さんは「皆さんの本業で培ったスキルが、保存会の課題解決に生かせるものもある。明日実施する今後の方向性を議論する場でも生かしてほしい」と話し、1日目の研修を終えた。

龍郷町の周辺環境を視察
自然観察の森、島ミュージアム

翌日の研修は最初に近隣の奄美市名瀬地区や奄美自然観察の森、島ミュージアムなどの町の主な施設を視察した。
名瀬地区には港湾や行政、商業施設があり、人口密集度が高い。物価や地価も鹿児島市並みに高く、島で最も栄えた地区である。地元の巨大ホームセンターには生活の必需品や嗜好品がそろい、来客が多い。研修生はドラゴンフルーツなど奄美地産の果物や菓子など物産を見て回った。

村上さん(右)から名瀬の説明を聞く

地産品を見学

奄美自然観察の森は、森林の中に整備された遊歩道があり、島固有の植物や野鳥、昆虫を観察できる。展望台(ドラゴン砦)からの360度の眺望は絶景で、エメラルドブルーの龍郷湾が一望。天気にも恵まれ、研修生はパノラマビューを楽しんだ。

説明を受けつつ森を進む

奄美、沖縄に生息するシリケンイモリ

龍郷湾を背景に

龍郷町生涯学習センターでは幕末に当地に住んだ西郷隆盛とその妻愛加那の木彫りの像に迎えられ、島ミュージアム(文化財展示室)で町の歴史や文化、大島紬などの物産について学習した。村上さんから薩摩藩時代の龍郷町の様子や大島紬の工程、町内には歴史的にカトリック信者が多いことなどの説明を受けた。

龍郷町を学ぶ

西郷と妻愛加那

課題解決の方向性を議論

課題解決の方向性を議論

最後の研修では、小池さんが経営するイタリア料理店で保存会が抱える課題の解決に当たり今後の方向性を議論した。研修生はこのワークショップでの議論を基に再度龍郷町を訪れ、解決策を探る活動を行う。研修生と小池さんは、現状を整理しながら課題の内容を確認し、解決の方向性を模索した。
小池さんはまず、「保存会を立ち上げた当初は理事の3家族で食べる米の量の収穫が目標だったが、今は奄美の米作りをどう続けていくかがテーマ。肥料代や農機具の修理代を今の栽培面積からの売り上げでは賄えておらず、保存会の経営的自立が最大の課題」と議論のテーマと課題を明示した。一方で、「(最近の米不足もあり)米は買い手が付くし、酒造会社から注文もある。奄美ではライバルがいないので作れば売れる」と米作りには需要があることを伝えた。
研修生からの「10年、20年後はどういう状態になればよいか?」「保存会の立ち位置を明確にしたい」の質問や意見には「耕作放棄地がなくなり、20、30代の人が少しでも米作りをしくれていれば。うちの田を使ってくれという話が多く来るようになってほしい」(小池さん)と回答した。
研修生は最後に、この議論の内容を基に保存会の活動を次の段階にどう進めるかについての協議を行い、次回の来訪時の活動につなげることを確認した。

研修を終えて

 

研修生に聞く
課題や問題を整理して解決していきたい

未来を耕す、5人の挑戦

山口 研輔さん 愛知県在住

Q:今回の研修に参加した経緯や思いを教えてください。
プロボノにもともと興味があった。中小企業診断士の資格を持っており、地方の中小企業の活動を支援したかった。勤務先でG-netのプロボノ企画を知り、この研修に参加した。
Q:実際に参加して感じた印象はいかがでしょうか。
今回活動を支援する奄美稲作保存会の代表理事の小池さんにはとても熱い思いを感じた。
また、今回参加した研修生はみんな背景が違い、いろいろな視点が入ってくるので、よりいいものができると思った。今まで農業のことは分からなかったが、いい勉強になる。
Q:今後の展開や展望、抱負について教えてください。
現在の(奄美稲作保存会の)いろいろな課題や問題を整理して解決していきたい。また、整理した内容を関係先や協力先に伝え共感を得たい。

 

遠藤 大暉さん 静岡県在住

Q:今回の研修に参加した経緯や思いを教えてください。
勤務先で事業開発を担当。
日々新しいマーケットや文化の情報を求めており、新しい知見や経験が得られる場には参加したいと思っている。今回(勤務先の)会社から研修の案内があり、会社も越境人材を求めており、自分と会社双方にとって良い経験が積めると思い参加した。
Q:実際に参加して感じた印象はいかがでしょうか。
初めての奄美大島は本州や沖縄とも異なる独特な文化が残っており、とても印象的だった。
受け入れ先の課題は状況整理が必要な段階だったが共感できる部分が多く、事業主の小池さんの思いややりたいことを事業につなげていきたい。研修内容は研修生で即席チームを組みながら現地の課題を解決するという初めての経験だが、トライしたい。
受け入れ地域は、異なる領域や経験をしてきた人間が入ってくることで、新しい価値観やソリューションの誕生につながり、研修プログラム自体が非常に価値のあることだと思う。
Q:今後の展開や展望、抱負について教えてください。
地域が持っている課題やまだ気付いていない課題を シェアプロチームが離脱後も将来的に解決していける状態をつくりたい。
今回の研修を社内で情報共有し、多くの社員が新領域の探索に挑戦する風土づくりに貢献し、新事業やイノベーションの創出につなげたい。

 

河田 佳美さん 岐阜県在住

Q:今回の研修に参加した経緯や思いを教えてください。
1年ほど体調を崩し行動が制限されることが多かったが、その環境に身を置くと新しい気付きや変化がたくさんあった。体調が落ち着き、また新たな気持ちで新しい事にチャレンジしてみたい、そして今まで経験してきた仕事、業務と全く関わりがない事に取り組んでみたいと思い参加した。
Q:実際に参加して感じた印象はいかがでしょうか。
奄美大島は気候も人も熱かった。
同じ日本だが気候や文化の違いなど、発見がたくさんあったフィールドワークだった。
研修が進むにつれ、「自分の当たり前は人の当たり前ではない」と感じることも多かった。
そう感じた瞬間の自分の気持ちや思いを大事に研修に取り組んでいる。
Q:今後の展開や展望、抱負について教えてください。
この1年で自分の環境や働き方、考え方、価値観が少しずつ変化し、葛藤している部分がある。現地のフィールドトリップやチーム内での打ち合わせの中で感じた自分の変化や思いを大切にしながらできる限りその感覚ときちんと向き合いたいが、今の業務内ではその余裕もなく自分の思いや感覚を置き去りにしている部分があると感じている。
全く知らない場所の知らない方の事業を検討し考えることで、新たな視点や気付きを得たい。そしてインプットや気持ちの幅を広げていきたい。

 

島のハイビスカス