農林水産省の農山漁村振興交付金制度を活用した関わり創出事業は、2022(令和4)年から24(同5)年の3年度にわたり実施された。
当シリーズでは、関わり創出事業の大きなテーマである研修後の自走化にあたり、研修事業部門の採択を受けた事業者らがどのように取り組んだかについてレポートする。“自走化”とは、交付金を活用した研修事業の終了後も研修地で経済的に自立した事業活動が行われ、関係人口を継続して創出することで、当事業の最終的な目的である。
初回は22年度から2年間、研修事業者として全国各地での研修を主催した農ライファーズ株式会社にスポットを当て、自走化にどう取り組んだかを同社からの報告を基に紹介する。
農ライファーズ株式会社の紹介
同社は2018(平成30)年5月に設立された会社(設立時の名称はThe CAMPus BASE)で、農業を目指し農的な暮らしをしたいと思っている人々に向けて以下の三つの事業を行っている。
① 農ライフデザイン
都市部住民が農ライフの楽しさを学ぶコミュニティーの運営
② 農村起業サポート
農村起業塾(旧名称「 複業村の農X」)をはじめ、農村起業を目指す人を伴走支援するオンラインスクール
③ 農村事業プロデュース
広島県竹原市田万里町での限界集落再生事業(米粉ドーナツ専門店、ファームステイの経営)
関わり創出事業での取り組み内容
全国21の市町村で研修を実施 80人が参加し9割が都会のビジネスマン
同社は、農村での起業を成功に導くための実践型研修プログラム(複業ムラの農X)を実施した。複業に向いている地域で、「自分なりの農業」だけではなく、農業を絡めた飲食業の起業や宿の開業といったさまざまな可能性を模索するようなプログラムを企画し、2年間で全国21の市町村で実施した。計80人の参加があり、農ライファーズがターゲットとしている都会のビジネスマンが9割を占めた。20代から60代まで幅広い年齢層からの参加があった。

研修を終え関係者全員で記念写真(花巻市)
農ライファーズが実施した研修の取材記事一覧
浦島伝説の里で農的「暮らし」と「商い」を学ぶ~香川県三豊市 | おためし農業.com
北摂の豊かな農村で農的暮らしとビジネスを学ぶ 大阪府豊能町 | おためし農業.com
イーハトーブの里で『農的暮らし』と『商い』を学ぶ―岩手県花巻市 | おためし農業.com
湘南の山里で有機農業と農Xを学ぶ―神奈川県平塚市 | おためし農業.com
研修生の受講後の動向
同社は「農業と自分がやりたいことを掛け合わせてどんな事業を起こせるか発想してほしい」というメッセージを込めて5カ月間のプログラムを組んだ。以下は研修後の受講生たちの主な動向。
〔1〕20代 会社員(女性:和歌山県在住) 大阪府豊能町へ移住・起業
研修地の大阪府豊能町へ移住し、会社員の稼働を最小限に減らし新規就農を開始。加工品販売、農園開放、キッチンカー、畑の学校など、就農1年目から多角的に取り組み、若手農業者としてSNS発信にも力を入れている。
取材記事参照 https://otameshi-agri.com/editorial-index2023/editorial5/

森下さんのキッチンカー(森下さん提供)
〔2〕40代 会社員 (女性:大阪府〈郊外〉在住) 大阪市内で起業
会社員を辞めて大阪市内に個人経営の飲食店をオープン。研修先の豊能町の農家の食材を
利用したランチ・ディナーを提供。休日は食、花、健康にまつわるワークショップを開催。
〔3〕50代 会社員 (男性: 東京都在住) 香川県三豊市へ移住・起業
東京都から研修地の香川県三豊市へ移住。会社員を辞めて父母ヶ浜(ちちぶがはま:日本の
ウユ二湖と呼ばれる著名な観光名所)から徒歩10分の場所に三豊市初のクラフトビール醸造
所「みんなでブルワリー」立ち上げた。研修時のキーマンからの出資も募り、2024(令和
6)年6月9日(日)にグランドオープンした。
〔4〕40代 会社員 (男性:大阪府在住) 京都府亀岡市との二拠点生活・稲作を開始
大阪府で会社員を続けながら、研修先のキーマンから紹介された田んぼで稲作を開始。先輩農家や受講同期生と協力しながら有機米の栽培を行っており、数年後には亀岡市への移住も検討中。
〔5〕地域おこし協力隊(女性:北海道下川町在住)埼玉県から北海道へ移住・就農
埼玉県から一家で北海道下川町へ移住し、地域おこし協力隊として活動中に複業村の農X関東エリアの研修に参加。3年の任期を終え、2025(令和7)1月に完全就農。自分の農場でフルーツトマトを栽培している。
取材記事参照 https://otameshi-agri.com/news/15118/

自分の農場で栽培しているフルーツトマト(キトウさん提供)
自走化の取り組み
小諸市との連携
複業村の農Xの受入れ自治体の一つである長野県小諸市は、以前からタレントの武藤千春氏をライフアンバサダーとして農ライフのPRに力を入れているが、移住者獲得のノウハウがなく、同市から農ライファーズに「移住×農ライフ」の事業を一緒にできないかという声掛けがあった。市は自治体としては予算の制約があるため、内閣府のデジタル田園都市国家構想交付金制度を活用しながら、2024(令和6)年度に「INASTA in 小諸市(農ライファーズの田舎暮らしスタートアップ応援プログラム)」を実施。農ライファーズは、本事業を同市からの業務委託費を財源として実施した。
複業村の農Xでは計14日間のプログラムという制約があったため、2泊3日×4回と1泊2日×1回と週末に実地研修を行うよう分割し、会社勤めの方も参加しやすいよう設計したが、小諸市と協議していても、やはり「計5回となると会社員や子育て世代に全ての日程を合わせてもらうのは難しい」との話になり、実地研修は2泊3日×2回にコンパクト化して実施することとした。
農村起業塾の開始
同社は2024(令和6)年3月から、農村起業を志すビジネスパーソン向けの農村起業塾を開始した。農的暮らしを中心に置き、カフェや宿、林業、地域商社、空き家再生事業などの多様な事業を組み合わせて起業することを目指すプログラムになっており、3カ月、6カ月、12カ月と3コースによる完全オンラインの塾(有料)となっている。農ライファーズは地域活性化の本質は地域リーダーが増えることであると考えており、地域リーダーを増やす取り組みを行っている。
地域おこし協力隊×農村起業塾
自治体の多くは地域おこし協力隊員が任期終了後も定着するための手だてに苦心している。農ライファーズは隊員が協力隊のミッションをこなしながら隊員自身の夢や希望をその地域で実現できるようにすることが重要と考え、協力隊員向けの事業も開始する。任期後の定着率60%を引き上げるには任期中に地域での起業や生計と暮らしのイメージが具体的にすることがポイントと考え、民間と行政で連携しながらサポートを進める。議会などの承認を経て協力隊の活動経費で受講できるように調整する。
2年の研修事業を終え認識した同社の課題
集客力
起業家候補生となる人材の集客力が不足している。同社代表者のYouTubeチャンネルの開設などで認知度が向上するよう努力する。
地域おこし協力隊員の意識の多様性
協力隊員も方向性が多様で、起業を志す者や都市生活から離れて地方でチャレンジしたい人などさまざま。また地域によって意識が異なるので、画一的な対応は避ける。
官民連携を拡大
2年間の関わり創出事業の実施で、研修地の行政とのネットワークはある程度築けたが、連携先の行政や企業をさらに拡大する必要がある。
事業者間連携
研修事業者ごとに特色が異なる。それぞれの特色と行政側の課題やニーズがよりスムーズにマッチングできるとよい。行政側が求めているのが交流人口なのか、関係人口なのか、移住者なのか、それに対応するプログラムを提供しているのがどの事業者なのか―などがもっとクリアに整理できるとよいのではないか。
活躍できる機会や経済的手当の提供
都市部と地域の収入格差は人材が地域に入るに当たっての一つの障壁である。地域で活躍しやすい機会や経済面の不安が払拭されることでリーダー的人材が生まれてくるのではないか。