愛媛県のほぼ中央に位置する南予地方の内子町は、松山市から南西に約40キロの距離にあり、江戸時代後期から明治時代にかけて木蝋(もくろう=ハゼノキなどの油脂から作る蝋燭)や和紙の生産、四国遍路の通過地で栄えた。その面影は、今も伝統的な造りの町家や豪商の屋敷が保存されている八日市・護国地区の街並み(1982〈昭和57〉年に国の重要伝統的建造群的保存地区に選定)に残り、愛媛県内でも有数の観光地である。100年の歴史を誇る芝居小屋「内子座」など国の重要文化財も多い。ノーベル文学賞作家の大江健三郎氏は同町の出身。
また内子町は、農村の景観保全や農産物の直売、農泊、第1次産業の活性化などの取り組みで全国的に知られており、小田川の渓谷を生かした道の駅「内子フレッシュパークからり」と「小田の郷せせらぎ」は、地産の新鮮な野菜や果物を販売。地元の食材を使用したオリジナルのジェラートやアイスクリーム、うどんも人気で県内外から多数の訪問客を呼び込んでいる。
現在の内子町は、2005(平成17)年に旧内子町、旧五十崎町、旧小田町の3町が合併して誕生した。典型的な中山間地域で、主な産業は農林業。農業は、傾斜地を活用したブドウやナシ、モモ、カキなど果樹が中心。林業は、町の総面積のうち約8割が森林という豊かな森林資源を誇り、多数の林家が山林保全やスギ、ヒノキの伐採と搬出を行っている。
内子町で、林業や和紙作り、木地師(木材を加工して器などを作る人)を学ぶ現地研修を取材した。研修は22年10月3日から16日までのおよそ2週間で、参加者(男性4人、女性2人)は、スギの木の伐採や皮むき、和紙原料のコウゾ・ミツマタの採集と加工、木工の器作りなどを学んだ。
林業の実地研修 スギの伐採
林業の実地研修では、町内小田地区の林家の酒井忠義さん(83)所有の山林で、まず座学で酒井さんから林家としてのこれまでの歩みや活動内容を聞いた後、スギの木の伐採作業の実地研修を受けた。酒井さんは元農協職員で、約20年前から本業の林家となり54.7ヘクタールの山林を所有している。
「小規模林家だが、小田地区では(所有の山林は)多い方で20位ぐらい。伐採した木は枝打ちし、4~3メートルに切って市場で売る。いつもは1人で作業しているが、一山全部の伐採などまとめてやるときは業者へ頼む。枯れた木は、バイオマス燃料として売る。1トン7000円ぐらいになる。(木の)中が黒いと安い」(酒井さん)
研修生は、高齢の酒井さんが林家としての伐採、搬出など一連の作業を1人で行っていることに驚きながら、チェーンソーの使い方や木を倒す際の注意点などについて質問をした。酒井さんは、「木の伐採にはチェーンソーで木の両側に切り込みを2カ所入れるが、倒す方向の切り込みの位置を反対側の切り込みの位置より低くすればそちらへ倒せる」など実践的な方法を伝授した。
林業の実地研修 スギの丸太作りと皮むき
続いての林業の実地研修では、内子町が所有する山林で町内小田地区の林家の高本師津雄さん(76)の指導を受け、スギの木の丸太作りと皮むきなどの研修を行った。間伐材などのスギの本体は建設資材の丸太となり、足場などに使用される。金属の足場より木の足場の方が使いやすいので人気があるという。皮は園芸や住宅などに使用される。
高本さんから、最初にチェーンソーの使い方や皮のむきかたなどを座学で学んだ後、建設資材に合った太さのスギを伐採し、皮をむく作業を学んだ。高本さんは、自身の手作りの皮むき用の道具を使い、皮むきの模範作業を見せた。他のドライバーなどの道具と比較してとても効率よく皮がむけ、研修生たちは驚いていた。高本さんから、「皮むきは、木の下の方からするとスムーズに向けるよ」などのアドバイスがあった。
和紙原料と木工の器作り
和紙作りと木地師の研修(木工の器作り)は、町内の山間にある「うちこ山村クラフト研究所」(高岡克典所長)で行われた。同研究所は、クラフトを通じて暮らしと林業をつなぎ、内子の地域ブランドを創出することを目的に設立された団体。木地師の指導者として高名な故時松辰夫氏の構想が基となっている。
まず座学で、県外から移住し、内子町内で大洲和紙を専門に扱う印刷所を運営している「ゆるやか文庫」の青山優歩さんから、大洲和紙を活用した展覧会などのさまざまな取り組みについて、また町内で地元産の材木を使用して食器などを制作している加藤毅さん(株式会社「杜のまきば かとう」代表取締役)から、和紙の作り方や林業と紙、木との関わり方の説明を受けた。
座学の後、「うちこ山村クラフト研究所」の高岡所長所有の山林に移動し、和紙の原料となるコウゾやミツマタを採集した。高岡所長から、「コウゾは自生するが、ミツマタは栽培が多い。ミツマタは日当たりのいい所に生える。名前はこのように枝が三つに分かれているから。水分が多いので乾燥させるのにコストがかかり、加工するには秋がいい。コウゾは繊維質が多い」など実物を見せながらそれぞれの特徴を解説した。
研修の最後に、「うちこ山村クラフト研究所」の高岡所長と加藤さんに今後の抱負を伺った。
「この研究所は、時松辰夫先生の“学び続ける場所を作れ”との教えから生まれました。研修生の皆さんには、クラフト体験を通じて学び、創造する楽しさを感じてほしいと思います。現在、未使用の材木を使ってアウトドアや学校給食用の器を作る準備をしています。コストがかかりますが、なんとか実現したいです」(高岡所長)
「未使用の材木を器に加工できれば放置される木が減ります。加工の仕方によってスギは軽く、ヒノキは香りがいいなど、それぞれの木の特徴を生かした器ができると思います。来年春から販売を予定しています」(加藤さん)
林業に進みたい
4人の参加者に今回の研修に参加した経緯や今後の展望などを聞いた。
―プログラムへの参加のきっかけを教えてください。
平川結貴さん(22歳、大阪府在住) 大学の経営学部の卒業論文で林業を選びました。祖父が所有している山をどうするのか? 持続可能な林業の在り方は? など、現地で体験して考えたかった。
今泉杏菜さん(22歳、栃木県出身) ギャップイヤー(人生の節目の空いた期間)中で日本各地を回っています。徳島県で農業と林業をやっている人に会って、山と畑のつながりなど山を考えるようになり、今回の研修に参加しました。
長瀬克敏さん(40歳、群馬県出身) 20年間、コンビニエンスストアで雇われ店長をしていて昼夜逆転の生活に疑問を持ち、違う仕事を探していたところ、もともと自然に興味があったので今回の研修のことを知り、参加しました。
小川祐平さん(21歳、高知県出身) インスタグラム広告で今回の研修のことを知り、参加しました。高知大学の農林海洋学部で森林の研究をしています。高校2年の頃から、自然の中で遊べるものを作りたいと思っていました。
―実際に現地で参加してみて、いかがでしょうか?
平川さん 論文が書けそうです。小規模林家さんの話はとても勉強になりました。
今泉さん 今まで山林には環境の観点しかありませんでしたが、山には土地に合った保水の面などさまざまな点で林業が成り立っているなど多角的に見るようになりました。
長瀬さん 思っていた以上にガチ(真剣で本格的)な体験でした。もっと深掘りしたいです。
小川さん 林家さんの指導で、初めて木に登って枝打ちなど作業をしました。人生初の体験でした。自然教育は必要だと感じました。
―今後やっていきたいこと、進んでいきたい方向性は?
平川さん 今まで林業は怖いものというイメージがありましたが、今は自分も林業に進もうと思います。
今泉さん 第1次産業に興味があります。これから海外でも働く予定で、国内、国外で体験を積んでゆくゆくは第1次産業に進みたいと思います。
長瀬さん 学べるときに学びたい。農業、林業の両方の道に進みたいと思っています。
小川さん (大学を卒業したら)林業や森林関係で働きたいと思います。
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