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“研修生の今”を追う

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− 第7回 − 地域の一員として大事に活動を熟成させたい

《はじめに》

 読者の皆さまこんにちは。第7回目となる当コラムでは、大田原ツーリズム様を事務局として秋田県仙北市様の協力により当市で行われた研修(2022〈令和4〉年12月~23〈令和5〉年2月)に参加した溝口真矢さんの今を追いました。

 溝口さんは、当研修がきっかけとなり仙北市の地域おこし協力隊として2023(令和5)年4月から仙北市で活動しています。
 溝口さんに仙北市に協力隊員として移住する経緯や思い、現在の活動、移住を検討している方へのアドバイスなどをお聞きしました。移住を考えている方、移住を受け入れる自治体や地域の担当者の方々双方に取りまして貴重な視点の提供とアドバイスとなっています。研修時のレポートと共にぜひご高覧ください。

《はじめに》

 読者の皆さまこんにちは。第7回目となる当コラムでは、大田原ツーリズム様を事務局として秋田県仙北市様の協力により当市で行われた研修(2022〈令和4〉年12月~23〈令和5〉年2月)に参加した溝口真矢さんの今を追いました。
 溝口さんは、当研修がきっかけとなり仙北市の地域おこし協力隊として2023(令和5)年4月から仙北市で活動しています。
 溝口さんに仙北市に協力隊員として移住する経緯や思い、現在の活動、移住を検討している方へのアドバイスなどをお聞きしました。移住を考えている方、移住を受け入れる自治体や地域の担当者の方々双方に取りまして貴重な視点の提供とアドバイスとなっています。研修時のレポートと共にぜひご高覧ください。

《溝口真矢さんをご紹介します》

 横浜市出身の溝口真矢さんは、会社員を経て「starRo」の名称で音楽プロデューサー、作曲家として活躍。米国ロサンゼルス市在住時の2017(平成29)年に、音楽賞として世界で最も権威のあるグラミー賞の「リミックス・レコーディング」部門で、日本人として初めてノミネートされた実績をお持ちです。
 日本に帰国後、雑誌「WIRED」日本語版で連載を持つ一方、神奈川県藤野町のシェア畑で農業に従事していました。仙北市との縁は、当市の地域おこし協力隊の知人から誘われ田沢湖畔のイベントに参加したことで生まれました。

《溝口さんへのインタビュー》

1)一昨年の研修を経て仙北市の地域おこし協力隊に応募し、赴任するに至った経緯や思いについて教えてください。

―これまで、東京やロサンゼルス、シンガポール、シドニーなど、開発が進んだ環境の中で生きてきました。しかし、そういった環境を支える条件が現時点では人口減少や環境問題などにより崩れてきていると感じていました。
 もし自分が本当に生きたいような社会をもう一度作るとしたらという観点で新天地を探っていた中で、仙北市の地域を14泊分体験できる研修を受け、仙北市にそのポテンシャルを強く感じました。それは豊かな自然環境のみならず、その環境の恵みが日常生活の中に自然に取り込まれている地域の人々の暮らしに特に感じました。
 こういう暮らし方や助け合いの形を地域の方たちから学び実践する中で、自分の経験も融合され、場やコミュニティーという形で具現化されていくプロセスに地域おこし協力隊として関われることにやりがいを感じ、応募しました。
吹雪でホワイトアウトし車が脱輪。友人や通りがかりの地域の人々に助けられる(左端:溝口さん提供)
吹雪でホワイトアウトし車が脱輪。友人や通りがかりの地域の人々に助けられる(左端:溝口さん提供)

2)現在地域おこし協力隊として担当している業務内容や隊員として留意している点、苦労、仙北市の魅力について教えてください。

―地域の一員になることが最重要だと思います。ひとりの人間としてこの地に受け入れてもらい、溶け込んでいく。私は春夏秋冬の一サイクルを通って、まだスタート地点にも至ってない感じがしています。
 地方の特にあまり開発されていない地域で、私のような都会上がりの人間が役に立てるようになるまでには時間がかかるという認識は常にあります。無理して作った自分で何かをするのではなく、この地域の一員として暮らし、その無理のない範囲で小さく大事に活動を熟成させるような心構えが大事だと思います。
地域の茅葺き屋根用の茅刈り作業を手伝う(左端:溝口さん提供)
地域の茅葺き屋根用の茅刈り作業を手伝う(左端:溝口さん提供)

3)仙北市での暮らしの様子を教えてください。

―今は田沢湖高原にある元々はライブハウスだったスペースを住居兼コミュニティースペースのような形で使っています。裏にある畑で野菜を育て、近くの湧水で水を取り、冬は薪で暖をとるような、藤野のエコビレッジにいた時のライフスタイルの延長をここでやっている感じです。
 こうして自分が実際に生活を送る場が、コミュニティーとつながる場としても機能し、個としての自分と社会の中の自分が分け隔てなく存在するような中にいると、ありのままの自分でいないと続きません。そういう中で自然発生的に生まれてくる輪を大事にしながら焦らず一歩一歩進んでいくような1年でした。これはこういうペースを尊重し、信じて待ってくれる仙北市の懐の広さの賜物です。

4)今後の展望や抱負について。

―私が地域おこし協力隊として任されているのは、リトリートを軸にした関係人口の創出です。リトリートという言葉は非常に広義で、いかようにも取れてしまうのですが、私の考える仙北市でのリトリートは、ここの里山にある人々の暮らしを伝え、現代社会の中で失ってしまった感覚を取り戻すことで、自分の生き方を見つめ直すきっかけになるようなものをイメージしています。
 4月からは、ここのコミュニティースペースをリトリートハウスとして活用し、この地域の豊かな自然の中で暮らしを体験し、自らを癒し、整えることで、仙北市に暮らす人々の深さを感じてもらえるようなプログラムをちょっとずつ実践していこうと思っています。
自宅裏の畑で近所の農家に手ほどきを受け15種類の野菜を育てている(溝口さん提供)
自宅裏の畑で近所の農家に手ほどきを受け15種類の野菜を育てている(溝口さん提供)

5)移住にあたって注意する点など、移住を考えている読者へのアドバイスをお願いいたします。

―私たちは移住を、まるで自分に合ったマンション選びのような感覚で考えてしまいます。それはつまり自分を変えずに向こうが合わせてくれるような環境選びであり、都会ではそういう選択肢がありふれていますが、その感覚は手放した方がいいかもしれません。
 私は3ヶ月をまたいだ14泊の研修を通して、少し地域のことを吸収したうえで自分がここにどうフィットできるかをイメージすることができました。移住する前にそういう機会をもつことが納得のいく移住の鍵かもしれません。
沢や湖などでの水行を2年半続けており、田沢湖に移住してからは友情の滝という近所の滝スポットで滝行も始めた(溝口さん提供)
沢や湖などでの水行を2年半続けており、田沢湖に移住してからは友情の滝という近所の滝スポットで滝行も始めた(溝口さん提供)

《編集後記》

 溝口さんは、「人生の半分は海外」という長い海外生活の体験とそれに伴う海外からの日本への視点、音楽のスペシャリストとしての活動、農業の実践、海外誌日本語版での連載など、多岐にわたる非凡な経歴と実績をお持ちです。インタビューのそれぞれの回答には豊富な体験や高度なスキルに裏打ちされた知見がちりばめられており、1つの日本論でもあると感じました。
 地域おこし協力隊としての留意点については、「無理して作った自分で何かをするのではなく、この地域の一員として暮らし、その無理のない範囲で小さく大事に活動を熟成させるような心構えが大事だと思います」と隊員の立場だけでなく移住者として地域で生きていくにあたって極めて重要な心構えを語っています。
 また、一貫して溝口さんのコメントから、仙北市の地域や人々の魅力、ポテンシャルの高さを溝口さんが強く感じていることが伺えます。前述しましたが、地域おこし協力隊として活動していた知人から紹介され田沢湖のイベントに参加したことが、溝口さんが仙北市と出会うきっかけとなりました。自治体や地域はそれぞれの魅力を継続的に発信していれば、溝口さんのような極めて優秀な人材を獲得できるという一つの大きな成功例と言えます。
 関係人口となった溝口さんが、「リトリートを軸とした関係人口の創出」活動を行うことでまた新たな関係人口が誕生していく。溝口さんのご健勝とますますのご活躍、仙北市のさらなるご発展をお祈り申し上げます。

(編集長)

《溝口真矢さんをご紹介します》

 横浜市出身の溝口真矢さんは、会社員を経て「starRo」の名称で音楽プロデューサー、作曲家として活躍。米国ロサンゼルス市在住時の2017(平成29)年に、音楽賞として世界で最も権威のあるグラミー賞の「リミックス・レコーディング」部門で、日本人として初めてノミネートされた実績をお持ちです。
 日本に帰国後、雑誌「WIRED」日本語版で連載を持つ一方、神奈川県藤野町のシェア畑で農業に従事していました。仙北市との縁は、当市の地域おこし協力隊の知人から誘われ田沢湖畔のイベントに参加したことで生まれました。

《溝口さんへのインタビュー》

1)一昨年の研修を経て仙北市の地域おこし協力隊に応募し、赴任するに至った経緯や思いについて教えてください。

―これまで、東京やロサンゼルス、シンガポール、シドニーなど、開発が進んだ環境の中で生きてきました。しかし、そういった環境を支える条件が現時点では人口減少や環境問題などにより崩れてきていると感じていました。
 もし自分が本当に生きたいような社会をもう一度作るとしたらという観点で新天地を探っていた中で、仙北市の地域を14泊分体験できる研修を受け、仙北市にそのポテンシャルを強く感じました。それは豊かな自然環境のみならず、その環境の恵みが日常生活の中に自然に取り込まれている地域の人々の暮らしに特に感じました。
 こういう暮らし方や助け合いの形を地域の方たちから学び実践する中で、自分の経験も融合され、場やコミュニティーという形で具現化されていくプロセスに地域おこし協力隊として関われることにやりがいを感じ、応募しました。
吹雪でホワイトアウトし車が脱輪。友人や通りがかりの地域の人々に助けられる(左端:溝口さん提供)
吹雪でホワイトアウトし車が脱輪。友人や通りがかりの地域の人々に助けられる(左端:溝口さん提供)

2)現在地域おこし協力隊として担当している業務内容や隊員として留意している点、苦労、仙北市の魅力について教えてください。

―地域の一員になることが最重要だと思います。ひとりの人間としてこの地に受け入れてもらい、溶け込んでいく。私は春夏秋冬の一サイクルを通って、まだスタート地点にも至ってない感じがしています。
 地方の特にあまり開発されていない地域で、私のような都会上がりの人間が役に立てるようになるまでには時間がかかるという認識は常にあります。無理して作った自分で何かをするのではなく、この地域の一員として暮らし、その無理のない範囲で小さく大事に活動を熟成させるような心構えが大事だと思います。
地域の茅葺き屋根用の茅刈り作業を手伝う(左端:溝口さん提供)
地域の茅葺き屋根用の茅刈り作業を手伝う(左端:溝口さん提供)

3)仙北市での暮らしの様子を教えてください。

―今は田沢湖高原にある元々はライブハウスだったスペースを住居兼コミュニティースペースのような形で使っています。裏にある畑で野菜を育て、近くの湧水で水を取り、冬は薪で暖をとるような、藤野のエコビレッジにいた時のライフスタイルの延長をここでやっている感じです。
 こうして自分が実際に生活を送る場が、コミュニティーとつながる場としても機能し、個としての自分と社会の中の自分が分け隔てなく存在するような中にいると、ありのままの自分でいないと続きません。そういう中で自然発生的に生まれてくる輪を大事にしながら焦らず一歩一歩進んでいくような1年でした。これはこういうペースを尊重し、信じて待ってくれる仙北市の懐の広さの賜物です。

4)今後の展望や抱負について。

―私が地域おこし協力隊として任されているのは、リトリートを軸にした関係人口の創出です。リトリートという言葉は非常に広義で、いかようにも取れてしまうのですが、私の考える仙北市でのリトリートは、ここの里山にある人々の暮らしを伝え、現代社会の中で失ってしまった感覚を取り戻すことで、自分の生き方を見つめ直すきっかけになるようなものをイメージしています。
 4月からは、ここのコミュニティースペースをリトリートハウスとして活用し、この地域の豊かな自然の中で暮らしを体験し、自らを癒し、整えることで、仙北市に暮らす人々の深さを感じてもらえるようなプログラムをちょっとずつ実践していこうと思っています。
自宅裏の畑で近所の農家に手ほどきを受け15種類の野菜を育てている(溝口さん提供)
自宅裏の畑で近所の農家に手ほどきを受け15種類の野菜を育てている(溝口さん提供)

5)移住にあたって注意する点など、移住を考えている読者へのアドバイスをお願いいたします。

―私たちは移住を、まるで自分に合ったマンション選びのような感覚で考えてしまいます。それはつまり自分を変えずに向こうが合わせてくれるような環境選びであり、都会ではそういう選択肢がありふれていますが、その感覚は手放した方がいいかもしれません。
 私は3ヶ月をまたいだ14泊の研修を通して、少し地域のことを吸収したうえで自分がここにどうフィットできるかをイメージすることができました。移住する前にそういう機会をもつことが納得のいく移住の鍵かもしれません。
沢や湖などでの水行を2年半続けており、田沢湖に移住してからは友情の滝という近所の滝スポットで滝行も始めた(溝口さん提供)
沢や湖などでの水行を2年半続けており、田沢湖に移住してからは友情の滝という近所の滝スポットで滝行も始めた(溝口さん提供)

《編集後記》

 溝口さんは、「人生の半分は海外」という長い海外生活の体験とそれに伴う海外からの日本への視点、音楽のスペシャリストとしての活動、農業の実践、海外誌日本語版での連載など、多岐にわたる非凡な経歴と実績をお持ちです。インタビューのそれぞれの回答には豊富な体験や高度なスキルに裏打ちされた知見がちりばめられており、1つの日本論でもあると感じました。
 地域おこし協力隊としての留意点については、「無理して作った自分で何かをするのではなく、この地域の一員として暮らし、その無理のない範囲で小さく大事に活動を熟成させるような心構えが大事だと思います」と隊員の立場だけでなく移住者として地域で生きていくにあたって極めて重要な心構えを語っています。
 また、一貫して溝口さんのコメントから、仙北市の地域や人々の魅力、ポテンシャルの高さを溝口さんが強く感じていることが伺えます。前述しましたが、地域おこし協力隊として活動していた知人から紹介され田沢湖のイベントに参加したことが、溝口さんが仙北市と出会うきっかけとなりました。自治体や地域はそれぞれの魅力を継続的に発信していれば、溝口さんのような極めて優秀な人材を獲得できるという一つの大きな成功例と言えます。
 関係人口となった溝口さんが、「リトリートを軸とした関係人口の創出」活動を行うことでまた新たな関係人口が誕生していく。溝口さんのご健勝とますますのご活躍、仙北市のさらなるご発展をお祈り申し上げます。

(編集長)